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つくばエクスプレス 建築散歩

 

第2回 つくばセンタービル

 中央大学八王子校舎で四年間を過ごした一期生の私は、「どこが東京の大学だよ。文化の香もない。御茶ノ水恋しや〜!」と思いました。その5年前の筑波大学の学生もそう思ったんじゃないかなぁ。

 東京の大学の近郊移転は、学生運動が激しかった大学から進められて行きました。私立では、法政・中央・早稲田。明治の移転も目前だったし、国立大学では唯一、東京教育大が移転させられました。・・・きっと偶然でしょうけど。以上余談です。

 東京高等師範学校という名前で明治5年創立した東京教育大学は文京区茗荷谷にありましたが移転して、校名も変わり筑波大学になって35年。この間に、「つくば駅」は研究学園都市の玄関にふさわしいように整備されてきました。

 関東電鉄廃止以降つくばエクスプレス開業までは、駅前といってもバスの発着場であったつくば駅。その駅前(今の駅は地下駅なので駅上か?)に、つくばセンタービルがあります。つくば科学万博まで2年をきった1983年(昭和58年)6月10日にオープンしました。ショッピングセンター、ホテル、コンサートホールなどからなる複合施設で、筑波研究学園都市の中核になりました。設計者は磯崎新さんです。このビルがきっかけの一つで、その後つくば駅周辺はモダニズム・ポストモダンの建築博物館といわれるぐらいに著名建築家が設計したビルがつくられるようになりました。

TX つくば駅地上施設とつくばセンタービル
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つくばセンタービル
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TC マーク Tsukuba Center(つくばセンター)の略。
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1●TX つくば駅地上施設とつくばセンタービル
2●つくばセンタービル
3●TC マーク  Tsukuba Center(つくばセンター)の略。
「TC」の文字を意匠化したものが最も高い方のビル上部に描かれています。

 つくばセンタービルはその当時、ポストモダンの旗手といわれた建築作家がデザインしただけに、さまざまな試みがなされています。磯崎さんは非常に幾何学的なデザインを多用しますが、それだけでなく、ポストモダンの特徴である歴史引用を秘めて、隠喩や象徴をちりばめています。その中でも特にローマのカンピドリオ広場を反転してつくった広場は圧巻です。私はローマには行ったことはないんですが、カンピドリオ広場は丘に登った場所にあり中心に銅像が建っているのだそうです。それに対してつくばセンタービルでは広場が低い位置にあり中心は噴水です。この造形に磯崎さんは何を籠めたのでしょうか。なにしろ、自らを「分裂症的折衷主義」と表した方ですからね。

つくばセンタービル全体
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つくばセンタービル本館・アネックス館
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つくばセンタービル広場
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4●つくばセンタービル全体
5●つくばセンタービル本館・アネックス館
6●つくばセンタービル広場

広場中央の噴水で遊ぶ家族・子ども
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広場中央の噴水で遊ぶ家族・子ども
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駅前広場バスセンターからみたつくばセンタービル
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7・8●広場中央の噴水で遊ぶ家族・子ども
9●駅前広場バスセンターからみたつくばセンタービル

 確かにこの30年間に、つくば駅周辺にできた建築では、谷口吉生(つくばカピオ1996年)、板倉建築研究所(エポカルつくば1999年)、土岐新(筑波総合体育館1984年)、菊竹清訓(松見公園展望棟・レストハウス1976年)、大高正人(筑波新都市記念館1976年)などなど錚々たる建築家の名前が並びます。著名建築家の作品を並べることを目的にしたのでしょうから、それはいいのでしょう。文句はありません。

 でも、もし30年前にこの実験都市のマスターアーキテクト(街全体のデザインの方向性を決める役割を持つ建築家−1900年頃のオーストリア・ウィーンのオットー・ワーグナー、スロヴェニア・リュブリアナのヨジェ・プレチニックや1960年代の日本・倉敷の浦辺鎮太郎など、世界的にも数少ない代表例。磯崎さんも、郷里の大分市内では、結果的にはそれに近い立場にあったようです)を決めていたら、もっと面白い街ができあがっていたのにと思うのは僕だけではないと思いますけど。



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