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■トーク * Design対談 プロデュース対談
(財)2005年日本国際博覧会協会 「愛・地球博」総合プロデューサー 泉 眞也氏 「ユニバーサル・エクスポジション」の 原点から次世代の博覧会のモデルをつくる
福井 「ユニバーサル・エクスポジション」をそのように訳したのですね。 泉 ええ。「万国博覧会」という言葉よりよほど正確だと思います。わからなくなったら原点へ返れ、というのはこの場合も真実です。だから僕は、愛知万博を「萬物萬有博覧会(え)」にしたいと思うのです。 特にBIE(博覧会国際事務局)からは、この愛・地球博で次代の博覧会の原型をつくってほしいという要請を受けています。アメリカは連邦政府の予算を博覧会に投入しないことを決定しましたし、ヨーロッパもさまざまな課題への対処に追われている。したがって、2005年の日本国際博覧会が唯一最大のチャンスだと。ですから、愛・地球博でぜひ次世代型博覧会のモデルをつくりたいのです。 ひとつの大国による経済的な、あるいは武力的な世界支配に対して、世界からはっきり「NO」という声が出ていますよね。では、何によって世界がひとつにまとまることができるのか、というひとつの回答が「ユニバーサル・エクスポジション」だと思うのです。お互いの文化を尊重し合うとか、知力や本来の意味での「アート」の進歩といった、豊かで美しい、生きている意味のある世界をつくり出す運動ではないでしょうか。 福井 そのなかで「地球大交流」という発想が生まれたんですね。多様な文化や文明が共存する地球社会という夢を描くべきではないか、という議論をしていたときに、9月11日の同時多発テロ事件が勃発したんですよ。それによって博覧会のあり方がかなり変化しましたね。私のなかでも「地球大交流」こそが博覧会の事業コンセプトであるという決意がついたように思います。 泉 そのとおりです。あの事件は、われわれや世界が気づいていなかったことを鮮明にあぶり出す結果となりました。非常に皮肉なことですが、「地球大交流」というテーマでまとまった大きな要因のひとつがあの事件であった、といえます。 福井 「地球大交流」を事業コンセプトとして確立するためには、国や国際機関、そして企業の参加はもちろんですが、もうひとつ、NPO、NGOといわれている第三の主体の参加が必要です。いわば地球社会を構成するさまざまな主体が博覧会をつくり上げていく――そのための多様な「参加」と「交流」をどのように実現していくかが重要になってきました。 泉 博覧会というのは時代を反映するものです。19世紀は国が中心の時代でしたから、「アメリカ館」とか「ドイツ館」「日本館」などが中心であったわけですが、20世紀にはグローバルエンタープライズ、つまり「トヨタ館」「GM館」という世界企業中心の時代になったんです。このグローバルエンタープライズが世界の生活や枠組みを変え、博覧会をリードしてきたといえるでしょう。ところが21世紀になると、第三のエンジン=NPO、NGOが登場してきたのです。この国際組織は、それぞれは非常に小さいけれど、一つになったときにとても大きな力をもちます。そのいい例が「国境なき医師団」です。いまから10年ほど前に3人のフランス人がまったくの善意によって結成したのがはじまりだったのですが、いまは世界で最も存在感のある組織へと成長しています。このような第三のエンジンが今後大切な意味をもってきます。 NPO、NGOの活動はけっして無償の行為ではありません。民間企業と同様にれっきとした経済活動であるということを、もっと認識しなければなりません。ただ企業利益を発生させない特殊な経済行為である、と。それらが大地に根付く草のように世界各地に成長していますが、そのことを愛・地球博に出展参加していただく活動を通して世界の人たちに理解してもらいたい。ですから、彼らにどういう形で参加してもらえるかが、21世紀型の博覧会への大きな変化の一つになると思います。 福井 94年のBIE決議では、これからの国際博覧会は地球的課題の解決の場にしよう、という考え方が提案されましたが、そのためには、発展途上国もできるだけ参加できる国際博が提唱されました。これは愛・地球博が成功するか否かのもうひとつの要件です。「地球大交流」を実現するために、まず国や国際機関といった第一のエンジンもがんばらなくてはならない。アメリカにも参加してもらいたいと努力していますね。 泉 そうです。まさにロケットの理論と同じで、全体を持ち上げるためには大型のエンジンが必要です。しかし、それが作動している時間はテイクオフの瞬間だけなんです。その後、目的に向かって飛んでいくのは第二のエンジンが主力となります。これが、企業であり自治体です。最後に小さいけれども最終的な軌道修正を行なうエンジンがNPO、NGOなどの参加だと思うのです。第一、二のエンジンを生かすも殺すも第三のエンジンにかかっているわけです。 世界の人々の「参加」「交流」に向け 「コモン」の復権が必要 福井 今回、100以上の国が参加する陳列区域(国際交流エリア)として、「グローバル・コモン」という新しい交流のプラットフォームを考え出しました。いままでのような区画整理土地分譲型ではなくて、一種の“共有地”を、共に創造する、という形になるのですが、これが「地球大交流」のキーワードになると思います。 泉 われわれが「コモン」(COMMON)で目指すのは、地球時代の新しい共有地をつくりたいということです。共有地を意図的に壊すことで英国の近代産業社会が生まれたわけですけど、そのときに失ってしまった地域の豊かな財産であった「コモン」を世界各地で復活させたい。ただし、大地というものは地域のものであると同時に世界のものでもあるということが発想にあります。そのいい例が、“開かれた大学”です。 MITやハーバード大学のような。そこに世界の人たちが集まって、世界の人たちのために研究する、知的社会における“開かれたコモン”です。 僕は20年くらい前に横浜の都市計画を頼まれた時に、公共の施設に「横浜コモンズ」という名前をつけたんです。その最大の理由は、市の施設や土地というものは役所のものではない、市民みんなが使うものだという意味があるからです。「コモン」はたんなるフィジカルな解決方法ではなく思想なんです。 だから、僕は「コモン」の復権がこの愛・地球博には、ぜひとも必要だと思った。世界の人々のための「コモン」をこの会場のメインとしてつくりたいのですが、なかなか理解されにくいネーミングのようでね。(笑) 福井 「グローバル・コモン」の豊かさを、ともに参加している国々で表現するためにはアートとかランドスケープ、催事ということが重要になってくる。自分たちだけの建物や展示でパビリオンをつくればいいという時代ではないんです。アートやランドスケープ・デザイン、ユニバーサルデザインなどを通して実現し、参加する多様な国々の人もそこの住人だという考え方で、一つひとつのコモンをつくり上げましょうということですね。 アメリカでは、新しい地域づくりの視点として「アワー・コモン・ジャーニー」という運動が起きています。 スイス博覧会でも、われわれと同じ目線で4つのコモンがつくられましたが、これには非常に勇気づけられました。彼らが環境問題も含めて運営のあり方に頭を悩ませた結果が4つの個性的なコモンだったわけで、世界は同じことを考えているのだと感銘を受けました。 泉 それぞれのコモンの違いが文化的な違いになっているんですよね。ドイツ語圏とかフランス語圏とか、文化の違いが形の違いへとつながっている。びっくりするくらい“らしさ”が出ていて、僕は賞賛の言葉を捧げたいですね。 脱パビリオンの考え方で 多様な主体の参加を実現する 福井 泉先生が“第2弾ロケット”と例えられた「民間企業」ですが、愛・地球博においても、数こそ少ないですが、内容は非常に優れた企業グループのパビリオン出展が実現します。このテーマ事業を新しい形でアピールしていきたいと思っています。それをひと言で表わすと「脱パビリオン」です。つまり、パビリオン型展示だけに依存せずに、「領域型(フィールド)展示」演出技術と「催事(イベント)型展示」演出技術が融合した新しい展示演出技術に挑戦していきます。 そのひとつとして「グローバルハウス」というテーマ事業があります。これは世界最先端の映像技術、展示技術を追求するものですが、その施設のファサード空間を都市緑化技術のショーケースにしようという試みで、4000m2くらいを都市緑化して、そこで最先端の都市環境実験を行なう。このように、パビリオンの中の展示演出だけでなく外も活用した修景演出も試みます。また、「愛・地球広場」という最先端の放送技術・通信技術・イベント技術を複合させた、いままでにない交流事業もやってみたいと思っています。「愛・地球博」全体を、いままでにない新しい展示演出技術の集大成にしたいと思っています。 それから、「地球市民村」と「市民交流プラザ」。これは多様なNGO等の団体に出展参加していただくものですが、ただのパビリオンではなく、さまざまなワークショップ、教育プログラム、体験学習プログラムを180日間行なって、参加体験型学習(ラーニング・エクスペリエンス)の場をつくっていこうという試みとなっています。単独パビリオンを出展するという従来型の方法では、出展企業が限られてしまうということもありますが、むしろ自分たちがもっている企業理念をお互いのコラボレーションのなかで実現していくことの意義が大きい。 小さくとも、ONLY ONEを理念に掲げた企業や、非常に質の高い技術をもった企業の参加を促すことが博覧会のもうひとつの魅力をつくっていくことになると思うんです。 泉 それも、見方によっては新しい「コモン」ですよ。協会事業という「コモン」。必ずしもパビリオンでなくてもいいわけで、参加することによって企業のもっている多様さを知ってもらえることが大切なわけです。 これまでは儲かる企業=エライ企業だったけど、いまは誰もそれを評価しないでしょう。本当の意味で社会貢献しながら企業利益を出し、生きていくのだという共同参画社会のあり方を見せる、それが協会事業という名の「コモン」だと僕は思っているんです。 福井 各企業さんも、改めて博覧会への参加意義について考えてくれるところが増え、確実に裾野が広がっています。
ランドスケープとアートの手法が 新しい博覧会の姿をつくる 福井 「グローバル・コモン」を実現していくためのさまざまな技術・考え方・具体的な手法が非常に重要です。 スイス博覧会で気づいたのは、アート・プロデュースを非常に重要視している、という点でした。アートプロデューサーが、建築家や催事プロデューサー、マーケティングディレクター、広報宣伝ディレクターという人たちの上にいて、博覧会の全体像を熟視しつつ、ソリューションを提案する。このアートプロデューサーの重要性を非常に感じました。愛・地球博でも同じことがいえると思います。 それぞれ4つの会場のことを「アート・プラージュ(水辺のアート空間)」というんです。湖に隣接した4つの会場が独特のアート空間を演出していて、4つの個性的な水辺のアート空間を巡る楽しみを提供してくれています。愛・地球博でも「アートプログラム」と「アートスケープ・デザイン」が極めて大切だと思います。また、このソフトな修景演出の視点の下に「ランドスケープ・デザイン」が生かされる必要があります。とくに会場が森の中という環境にあって、建築というよりもランドスケープ・デザインという考え方が必要だと思うんです。丘陵地域のもっている自然の地形をうまく活かしながら、トータルとして会場を「アートスケープ・アンド・ランドスケープ・デザイン」することが最も重要だと思います。 泉 最初は純粋な水平回廊をつくる計画でしたが、いろいろな経緯を経て、いまのグローバル・ループでは多少の起伏をもたせている。 それによって、会場のランドスケープがまったく違って見えてきました。水平回廊だったら、自然の地形の上に床が乗っているだけですが、2%くらいの緩やかな勾配でアップダウンをつけることで、原地形と一体となった新しい地形をつくることになる。そのようにランドスケープの一要素として回廊を捉えたことで、会場全体の見え方がとても違ってきました。 衝撃を受けたことがあって、ある時、ランドスケープの担当者から「泉さん、2005年の3月25日は満月ですよ」といわれたんです。いままで多くの博覧会関係者と話してきましたが、そんなことを指摘した人は1人もいませんでした。さらには「当日の満月は午後10時にこの方向・角度で出るはずです。その時の会場演出はどのようにされる予定ですか」と問いただされたのです。びっくりしてしまって、建築家やデザイナーからそんな話は聞いていない、と答えると「駄目ですね」といわれました。(笑)それで、ランドスケープとはエライことなんだ、と気づいたんです。いままで博覧会はパビリオンがあり、通路があり、展示があり、広場があり、という幕の内弁当みたいなものだと思っていたんですが、ランドスケープという眼鏡をかけることで見方がまったく変わってしまった。 それからは、次々と見えていなかったものが見えてきたのです。図面や模型だけで会場を見ている自分には沈みゆく太陽は見えていませんでした。しかし、風景は毎日違うんです。 福井 「グローバル・コモン」においてもそうです。そこをどのようにつくり上げていくか、企画チームとランドスケープ・デザインチームや会場整備チームとのコラボレーションは絶対に必要です。最後のチャンスですが、計画全体を「アートスケープ」や「ランドスケープ」という観点からもう一度見直したいと思っています。 泉 大きな意味で環境や自然と真剣に向き合う時代が来たということです。いままで、都市は道路と広場と建築で構成されていればよかった。でも、ランドスケープの観点から東京という都市を見たら悲惨ですよ。 福井 そうですね。かろうじてうかがい知れるのは神宮や外苑、そして上野や皇居周辺だけですからね。 泉 神宮の森はだめだ、という人もいるけれど、あそこはきちんとランドスケープがあるんですよ。400年後にどうなるかがきちんと描けている。植生は変わりますから、いま、あそこに生えている植物はいずれ、時間の経過のなかで消えていく宿命にあるのです。それを長続きさせる、ということは自然に逆らうことになる。では、どうするか。自然に木が消え去っていくのを無理に留めないし加速もさせない、ということになったのです。どのような形でこの森が落ち着くかがわかるのは400年後です。自然を語るのはそれだけロングタームだということです。そういうことが大切だと世界中が気づきはじめたということは、ランドスケープがいままで以上に重要視されるということです。 人を主役にしたテクノロジー活用の 試みにもチャレンジ 福井 ランドスケープ・デザインとアートに並んで重要な問題が「デジタル技術」だと思っています。IT万博とかいって掛け声はすごかったのですが。とかく展示技術の延長でITを見ていたり、モノとしてテクノロジーを見ていたからです。そういう反省のうえに立って、愛・地球博で一番大事だと思うのは、われわれが求めている地球社会のインフラやツールとして新しいデジタル技術をどのようにアプライ(適用)させるか、ということだと思うのです。 会場を巡る1周2.6キロメー卜ルというグローバル・ループの距離は、コミュニティ規模として人々が交流活動をするうえで必要な距離だと思っているのですが、たとえばここで「人間ITS」とか「歩行者ITS」という新しい姿を追求したらどうかと。高速移動システムを前提とした、これまでのITS論議ではなく、人間の歩行スピードに対応したヒューマンサイズのITSについてです。これは、いまは相当チープですよね。むしろ、歩行者レベルで情報の提供をしていくのが、これからのテクノロジーの方向性ではないか。 歩行者にはいろいろなハンディキャップをもっている人がたくさんいます。目の不自由な人、耳の不自由な人…、そういう人たちにデジタル技術は何をできるのか。愛・地球博で最先端の「歩行者ITS」の実験ができれば、われわれはもう一歩へ前に進めると思うのです。 泉 それはすごくいいことだと思います。「歩行は人間の最も高貴な移動の手段である」という言葉があるんです。だから、歩行環境を豊かにするということは大切なことで、いま歩行者は無視されています。僕みたいにパソコン持たない、インターネットやらない、携帯持たない、こういう人間は悲惨な状況になっています。(笑)どこに行っても連絡する方法がないんです。 福井 いまは電話ボックスもなかなかありませんしね。 泉 そうそう。もう、この世の“島流し”です。 福井 ハイビジョンを含めた高精細のデジタル映像技術もこの愛・地球博が技術的ブレークスルーの場となると思います。われわれが知っている地球を等身大で見せることによって、いままでにないイマジネーションを呼び覚ます、という試みにチャレンジしてみようと思っています。NHKからは次世代型のハイビジョンに挑戦したいという提案をいただきました。これは、吉野の下千本、中千本、上千本、奥千本が全部一画面の中に高精彩で入って、ほんの点のような人が道を上がってくるのが見えるんです。信じられないくらいの高精彩で、ものすごい感動が生まれるはずです。 このように、デジタル映像技術では日本が世界のトップに踊り出られるような博覧会にもしないといけないでしょうね。 “質”を重視した環境マネジメントの 実践に取り組む 泉 同時に環境の問題も博覧会の大きなテーマのひとつです。 福井 環境問題というのは「質と量」の問題で、質とは相対評価、量とは絶対評価です。何もしなければ、議論は絶対評価の量のほうが強くなってしまうんです。でも、大切なのは質です。地球温暖化の問題についても、京都議定書で決められた基準を守れない最大の理由は普段のわれわれのライフスタイルがもたらす負荷の影響が極めて大きいのです。産業活動は少なくなってきているのに、新聞などではいまだに産業活動が悪いという論調一辺倒です。むしろ、個人の欲望をベースとした社会システムの問題のほうが大きいのです。ライフスタイルの質をどう変えていくか、です。 泉 そのような質的な問題に対して、博覧会は何をすればいいのか。たとえば「ゴミは何%なくします」というような数値目標ではなく、もっと質的なところから博覧会の環境マネジメントを見直していく必要があります。 福井 いまは世界的に環境マネジメントの実践という考え方ができるようになりましたから、愛・地球博では新しい環境マネジメントの発想の下に環境技術に取り組んでいきたい。たとえば「バイオラング」もそのひとつです。これは植物の有する生物・生態的な機能と最先端の環境技術(太陽・水・土)を集積することで、都市空間に「水と光と空気」の新しい循環をつくり出す、「第三の肺」――呼吸する都市構造膜――をつくり出そうというプロジェクトです。 泉 「バイオラング」というのは、個々の生物のあり方が変わるわけではないけれど、その空間構造が変わってくるんですよね。個々の植物がもっている大気浄化能力が向上するわけではなくて、空間構造の再編集手法が全体として大気浄化能力を格段にアップさせる。同時にそれは日陰にもなるし、景観を構成する。 ただ、僕は「バイオラング」自体を結論にしたくない。それが、いずれは新しい農業につながり、農業とは無縁だった地に新しい農業を根付かせる可能性があると考えているからです。その芽が愛・地球博により世界に発信され、それが受け継がれ発展して、アフリカはアフリカなりに、中国は中国なりにバイオラングがつくられていってほしい。われわれの研究や技術や思想などを世界の人々と共有財産にしていければ、愛・地球博が世界に遺す最も豊かな成果のひとつになると思います。 地球規模で考えるとき、各種のデータが示すように、このままでは21世紀が飢餓の時代であることは、明らかなのですから。 ![]()
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