トーク * ブレーク! NEO専門店
 
 
三森氏 大戸屋 
 
三森 久実氏(株)大戸屋 代表取締役社長 
 聞き手/ NEO専門店研究会主宰 松本 大地
 
明確な経営理念のもと
定食専門店一筋で株式上場


 
 現在の定食屋ブームの先駆けとなった定食専門店「大戸屋・ごはん処」。リーズナブルで家庭的な「安心でおいしい」和定食を中心としたメニューは、若い女性をはじめ偏食しがちな学生やビジネスマンからの支持も高い。
 大戸屋の原点は東京・池袋の“大衆食堂”にある。紆余曲折を経たのち本業の“定食専門店”に回帰し、2001年8月にはジャスダックに株式上場を果たして、優良新規公開企業第2位の評価も受けている。東京の西部地区を中心に、いまや店舗数は 店舗を数えるなど、その成長ぶりは著しい。
白木造りの落ち着いた内装で、女性客が1人でも入れる雰囲気
 白木造りの落ち着いた内装で、女性客が
 1人でも入れる雰囲気
 大衆食堂がどのような経緯を経て定食専門の大手チェーン店に至ったのか、(株)大戸屋の三森久実社長におうかがいした。
 
店が繁盛することには
デメリットの面もある

 
―先代が池袋東口で大衆食堂「大戸屋」を創業されたのは、たしか昭和33年のことですね。当時の大戸屋はどんなお店だったのですか。
 
三森 基本的には今と変わらなかったと思います。1、2階合わせて48坪という店舗でのスタートでした。私がまだ1歳の時でしたので想像するしかありませんが、大衆の生活レベルにマッチした食堂だったと思います。男性はもちろんですが、女性でも入れる大衆食堂ではなかったかと思います。好立地でずいぶん繁盛していたようです。
 しかし、繁盛するというのはありがたいと同時に、デメリットでもあります。繁盛すれば儲かりますから、メニューやサービスに工夫する必要もなく、世の中の変化に合わせる志向がなくなってしまいます。好立地のおかげで売上げは落ちませんでしたが、時代とともに顧客層が入れ替わり、その間に店は古くなって、いつの間にか女性がまったく入れないような店になっていたのです。「ただ安いだけ」の営業を続けていたので、顧客層が変わってしまったのでしょうね。
 
―三森社長が後を継いだのは21歳の時とうかがっていますが、その後の歩みについてお聞かせください。
 
三森 先代の死があまりにも突然でしたので、当時は右も左もわからずたいへん困りました。けれども、幸いに借金もなく、店は繁盛していましたから、お金には困っていませんでした。そこで、譲り受けた定食屋を継続させ、もっと発展させたいという思いで24歳までに7000万円ほど資金をためました。
 そして、まず高田馬場に2号店を出しました。次に吉祥寺にも店を出したのですが、当時はこの3店で年間4億〜5億円を売り上げたんですよ。一方で、私自身が周囲からチヤホヤされるうちに、最初の志(安心でおいしい)を次第に忘れていってしまったのです。
 
―定食屋以外のファストフードのFC出店や居酒屋といった業態へも事業を拡大されたことですね。
 
三森 ええ。今になって思うと、青年実業家気取りだったのでしょうね。
 決定的な転機となったのは、平成5年に起こった吉祥寺店の火災でした。また、それと相前後して“平成コメ騒動”がありまして、それまでの倍の価格でコメを入手しなければならない状況に陥るなど、だんだんと経営がおかしくなっていった。そこで、いったん大戸屋以外の店を全部閉めて、自分も厨房に入り、一からの出直しを図ったというわけです。
 
 
健全経営の強い体力で
5年間に70店舗を出店

 
―以来、定食専門店一筋ということですが、現在の売上げ、店舗数、従業員数はどれくらいですか。
 
三森 売上げは前期が63億円、今期は89億円くらいだと思います。店舗数は82店舗、社員が230人、パートが約2300人です。
 
―昨年、ジャスダックに上場して、優良新規公開企業として第2位の評価を受けましたが、ご感想は。
 
三森 たいへんありがたいことですが、これには時代的な背景も大きく影響していると思います。ITバブル崩壊後ということもあり、堅実な飲食業が評価されたのだと思います。外食産業というのは直営であれば、よほどのことがないかぎり売上げ見込みが10〜 20%もぶれるようなことはありません。しかも、当社には借金がほとんどありません。既存店の売上げと新規出店の状況をみれば、経営状態は一目瞭然なわけで、それが評価されたのだと思います。
 店舗数については、この5年間で70店舗強を出店しました。1店舗当たりの投資額が約6000万円ですから、この間に約40億円の投資をしたことになります。ですが、ほとんど借金をせずにこれたんですよ。
 
―商品の要である食材管理についてはどのように行なっているのですか。
 
三森 できるかぎり安全性の高い食材を選ぶようにしています。たとえば、豚肉は専門店と同じアメリカ・スミスフィールド社のSPF豚を使っています。鶏肉も、「めぐみ鶏」という国産のものを使っています。
 
―お客さまの声を反映するために、店舗にアンケート用紙が置かれていますが、それはどのように活用されているのですか。
 
三森 毎週土曜日に各店舗を回っており、その時に目を通しています。顧客ニーズがどんなところにあるのか、社会の傾向がどこへ向かっているのか等がよくわかり、非常に勉強になります。
 
―社員教育はどのようにされていますか。
 
三森 当社の経営理念である「人々の心と体の健康を促進し、フードビジネス業を通じ、人類の生成発展に貢献する」を理解し、それを自分の人生観と共有してもらえる努力をしています。そのような人間こそが、よい店をつくるからです。1店舗当たりの平均スタッフ数は社員2人、パートが約25人と、大半をパート・アルバイトが占めていますが、優れた店長はパートの人たちのよい見本にもなるのです。
 また店長職を経験し、あるレベル以上の評価にまで達成した希望者には“のれん分け”という形で店舗をもたせ、経営を任せることも行なっています。今までにはFCの展開もやってきましたが、どうもしっくりこない。日本では、FCというより「のれん分け」がぴったりすると考えています。
 
 
ブームに左右されず
食の原点を見据える

 
―最近の定食屋ブームは、「食事への原点回帰」とみていいのでしょうか。
 
三森 当然そうでしょうね。「食べる楽しみの再発見」の表われではないでしょうか。この傾向には、社会全体の意思も大きく影響しているとも感じます。また、生活が荒れた子どもたちと彼らの食生活との相関関係についても注目されるなど、食事の大切さがあらためて見直されるようになってきています。
 さらに、事業者としての立場からいうと、世の中の経済状況は非常に厳しいものですが、最も大切なのは正しい方向を向いた経営です。飲食店としての正しい方向とは「食べることの根底にあるのは、生命の維持と健康の促進である」ことを忘れないことだと思っています。その意味からも、ブームとは関係なく当社の経営理念には自信をもっております。
 
―最後に、今後の課題をお聞かせください。
 
三森 まずは会社としての体裁を整え、管理部門体制も整備しなければなりません。これまで社員全員の頑張りで売上高が4億円から100億円にまで伸びてきましたが、次の200億、300億を目指していくためには、今の段階で社内整備を図っておかなければならない。したがって、今後は内部の人材を育てることや、管理システムのIT化にも取り組んでいきたいと考えています。大和オークシティでの事例のように、多くのSCにも出店していきたいとも思っています。
 
―本日はお忙しいなかを、ありがとうございました。
 
昨年11月に駅前ビルの2階に開業した御徒町南口店は年中無休で、平日は10時から23時までの営業時間 30種以上の定食メニューがあり、価格は500〜600円台が主体という低廉さ 食券カウンター後方の額縁には「『かあさんの手作り料理をお値打ち価格でお客様に』を“愛”言葉に……」と、大戸屋店主のポリシーが掲げられている

 
 
 
主宰の評 
matsumoto.jpg  チャレンジ精神や能力ある企業活動家を受け入れるビジネス・フィールドの広さもあるのだろうか。アメリカではベンチャービジネスを立ち上げる人の数は、日本の10倍以上ある。企業家養成は日本経済再生に欠かすことができないキーファクターだと思う。
 紆余曲折を経て、今日の新定食スタイルを築きあげた三森社長に気負いは感じられない。よきアントレプレナーとして、ますますの活躍を期待している。

 
(NEO専門店研究会主宰:(株)丹青社 営業開発室プランニング&プロデュース部 部長
 /チーフディレクター 松本大地)
 

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