トーク * Design対談
アメリカンデザインビジネスの潮流

建築家(隈研吾建築都市設計事務所 代表)  隈 研吾氏
IST(INTERSPACE TIME)代表 牛建 務氏
 
エコロジーの視点から
建築素材を選ぶ発想が必要


 
プレゼンテーションを
重視する
アメリカの建築教育

 
牛建 お久しぶりです。私が隈さんと最後に同席したのは、山形県の米沢市で「人間工房都市構想」というシンポジウムがあって、そこに私と隈さん、それと建築家の栗生明さんや多摩大の望月照彦さん等が出席し、帰りに雪の降る寒いなかを皆で肉を買いに行ったのが思い出されます。あれは和牛だったですね(笑)。
 
 確かに買った和牛はうまかったけど、それ以上にすごく寒かったような覚えがありますね。
 
牛建 ところで、話は変わりますが、隈さんはアメリカの大学に研究員として滞在された時期がありますが、まずその経験で得たものからお聞かせください。
 
 僕は85年から1年間、ニューヨークのコロンビア大学に客員研究員として滞在しましたが、最も面白かったのは10人くらいの建築家にインタビューしたことですね。彼らのプレゼンテーションを目の当たりにして、自分は今まで教わってこなかったけれども「一番大事なことはこれだ!」と思いました。日本の建築教育は図面の善し悪しで点数が決まり、それをどう説明するかということは重要視されません。しかしアメリカでは、図面がどんなにきれいでも、プレゼンテーションがうまくできないと駄目なのです。そこがアメリカ滞在のなかで最も勉強できたところです。
 
牛建 そうですね。アメリカでは、建築家が自分の建築哲学を自分なりに消化して「表現する」ことが重視されています。プレゼンテーションについて言えば、人を引きつけるようなエンターテインメント性も加味されていて、ビジネスとして捉えている部分もあります。それが日本とアメリカの大きな違いですね。
 ところで、日本でも団塊の世代以降の人たちは、コンピュータの普及により情報のスピードや量が飛躍的に増大したこともあって、世界との距離が一気に縮まったという感じがします。世界の情報をいち早く取り入れ、それをうまく消化して、自分なりの日本文化を世界に向けて発信していくという流れが出てきていますね。
 
 やはり、僕より上の世代は極端に西洋志向かその逆で、肩の力を抜いて両方とうまく付き合うというスタンスの人、日本の文化を英語で世界に向けて語れる人が少なかったと思います。僕らの世代からは、そうした交流なしではデザイナーとして存在していけない時期にきていると思います。
 
牛建 隈さんの建築はカオス的な「M2」(90年)以降、ものすごく形が変わってきましたね。驚いたのは外装にスギ材を使った「馬頭町立広重美術館」(栃木県馬頭町)です。自然木を使うというのは、消防法の問題もあってなかなかむずかしいのですが、スギ材を使って建物自体もすごく日本的になってきたというか、形がものすごく軽くなってきたという感じがしました。
 
 海外の人間とコミュニケーションをとる機会がふえて、自分なりの「日本」というものを結論づけたいと思うようになりました。単に日本を昔風にキッチュにやるのではなく、自分のなかでモダニズムと日本的なものをどう折り合いをつけたらいいのかをずっと考えていて、最近の作品に辿りついたのです。
 
牛建 私の場合は、基本的にはルネサンス期以降の西洋の美意識を取り入れて、それを自分なりに消化しようとしてきました。しかしアメリカから戻って10年くらいして初めて、「自分のなかの日本」を表現していかない限り、世界からは“西洋のコピー”としか見られないのではないかという気がしてきた。それからは自分なりに試行錯誤し模索を続けていますが、なかなかこれと思うスタイルがつかめません。
 
 素材を抜きにして日本のデザインはないと思います。これまでの建築では、素材の問題は軽視されてきました。しかし、素材感を無視して建築物を造っていくと、一番のスイートスポットを外してしまうのではと思いはじめました。たとえば、木といっても普通は練り付けですが、練り付けでは木の素材感は死んでしまう。木には奥行きがあり、独特の香りや感触があります。それをなるべく壊さないインテリアや建物に挑戦したいと思っているのです。
 
 
自然重視の建築物を
アメリカの建築家
F・L・ライトに学ぶ

 
牛建 居心地のよい空間をつくるということでは、素材のもっているエコロジカルな部分は重要な要素ですね。自然素材には心地よいオーラがあり、自然との共存を思い起こさせるものがありますよね。
 
 はい。ですから広重美術館では、木を無垢で、しかも普通は使えないような部分で使いたかった。無垢材は燃えやすく、そったり、ねじれたりしやすい。それらをクリアしないことには建築の世界から排除され、絶滅の一途を辿ることになります。その絶滅の流れに抵抗するようなものを造りたくて、一番むずかしい屋根に挑戦しました。ちょうど宇都宮大学の先生で“燃えない・腐らない木”の研究をしている方がいて、この問題をクリアできました。
 
牛建 僕がまず驚いたのは、その素材を使うと決めた勇気です。日本の気候風土を考えれば、スギ材を外に使うなど普通では考えられないことです。それと、その形状――細く重量を感じさせない建物――は信じがたいすごさです。写真でしか見ていませんが、屋根勾配の角度には随分こだわられたのではないですか。
 
 実は昔から、建築のなかでは屋根が最もデリケートな部分だと思っていました。僕が尊敬するアメリカの建築家、F・L・ライトの作品でも屋根はとても大事な部分で、特別な場合を除き、その勾配は3・5寸から4寸くらいの範囲で収まっていますが、広重美術館の屋根もだいたい同じ傾斜です。これは建物が周りの自然に溶け込むときに最適な角度ではないかと思います。
 
牛建 気になるのは、軒のラインが反らないで保てるのかということですが……。
 
 そこは一番議論したところです。最終的に先端から20cmくらいセットバックしたところを細いパイプでつなぎ、先端部分が多少暴れても気にならない状態にしました。
 
牛建 私の友人が購入した、ライトの設計による家に行ったことがあります。シーミバレーというところで、岩だらけの自然をそのまま利用したその家は、デザイン的新しさは何もないのだけれど、家の中に入ってみるとすごく居心地がよい。天井にしても、低いところ・高いところとあって、自然をうまく利用している感じでした。
 
 ライトの建築物は写真では評価できないような、奥行きのある建物です。特に自然のなかに建っているものはそうです。たとえば落水荘などは、森のなかを歩いて行くと建物が現われて、中に入ると建築物に抱かれているような感じがします。建物に至るシークエンスも含めて、体験したときに初めて「すごい!」と実感することができる。それは写真では絶対伝えられないものだと思いました。
 
 
都市のなかにこそ
自然の素材や
風の通る空間を
 
 
牛建 自然の素材をうまく使った最近の作品としては、「那須町立歴史探訪館」(栃木県那須町)もありますね。
 
01.jpg01.jpg
那須町立歴史探訪館
(撮影:ヴィスタジャパン 廣崎節雄)

 
 ここでは土壁をやりました。普通の厚塗りではなく、「透けて見えるような土壁はできないだろうか」ということで、職人さんといろいろ試しながら、アルミのメッシュに土壁のワラを接着するという方法をみつけました。これだと光が透けて入ってくるような土壁ができるのです。
 
牛建 隈さんの作品は、ある時期から自然のものを素材として使うように変わってきていますが、「建築とエコロジーの関係」についてはどのようにお考えですか。
 
 一個の素材を選ぶということが、すでにエコロジーに対して一つの答えを出していることだと思います。今、日本の森は人の手が入らなくなって荒れ果てています。木を使うことで再び人の手が入り、森に自然の循環が戻ってくると、それは地球環境の改善につながってきます。そういう視点から建築素材を選ぶということは、これまで日本の建築家にはあまりなかったことです。
 昔の人は日々の生活すべてにおいて、地球環境を考えながらセレクトするという知恵をもっていました。僕らも、もう一度そこに戻らなければいけないのではないか。「日々何を食べ、どういう空間に住むかということが、環境問題の第一歩なのではないか」ということに最近、ようやく気づきました。
 
牛建 同じく那須町の「石の美術館」では、石を軽く見せるということをおやりになっていますね。石は重いもので、その素材感を見せるのが石だという考えがありましたが、それを軽く見せている。普通はやらないことです。写真を見ると本当に軽く感じますが、これはどういう発想ですか。
 
 石も土壁と同じで、普通はコンクリートの上に厚塗りして造ります。でも厚化粧的な使い方は気持ちが悪いので、そうでないやり方として石でルーバーをつくることにしました。すると向こうが透けて見えるので、石の向こうにある構造や空気・光が全部感じられて、石自身がよりヘルシーで気持ちのよい素材に見えてきました。これは安山岩系の石で、普通見るとただのセメントのように見えますが、その素朴さが、僕がやろうとしていることにマッチすると思ったのです。
 
牛建 ところで今の日本では、商業施設のデザインといえばアメリカンスタイルの独り勝ちという感じです。しかし、ゆくゆくは隈さんが手がけるような「日本的な素材やエレメントによる商業施設」が誕生しても面白いでしょうね。
 
 商業施設は表層だけの世界と思われてきましたが、これからは表層を超えたものが要求されてきます。消費者も商品の中味に関心をもつような時代になり、それに合った商業施設のあり方というのが求められるではないかと思います。
 今、表参道で木のルーバーの商業施設をやろうとしているところです。屋外にスプリンクラーを設置することで建築許可が下りました。都市のなかにこそ、自然の素材や風の通る空間が求められているのではないでしょうか。
 
牛建 それは面白そうですね。完成するのが楽しみです。本日は、ありがとうございました。
 
01.jpg

 
隈氏 隈 研吾氏
くまけんご●建築家。1979年、東京大学建築学科大学院卒業後、85〜86年にコロンビア大学建築・都市計画学科客員研究員。90年、隈研吾建築都市設計事務所設立、同事務所代表。97年、宮城県登米町の能楽堂「森舞台」の建築で日本建築学会賞受賞。また、静岡県熱海市のヴィラ「水/ガラス」の建築でアメリカ建築家協会(AIA) ベネディクタス賞受賞。議論の好きな建築設計家のなかでもクールな理論派の論客で知られる。 今回の対談では、デザインビジネスというより、趣を変えて、隈さんのアメリカで学んだこと、F・L・ライトの作品への憧憬、そしてそれらが隈作品にどんな変化をもたらせてきたのかを語っていただいた。

牛建 務氏
うしだてつとむ●1976年Chaix & Johnson社に入社、一貫して、商業施設のインテリアデザインを手がける。現在、活動の本拠を東京に移して商業以外のデザインにも意欲的に取り組んでいる。今回の対談では「アメリカンデザインビジネスの魅力」に迫っていただいた。
牛建氏

 

このページに掲載の内容、写真などの転用をお断りします。
Copyright 2002 TANSEISHA.co.,ltd.
All right reserved.