■トーク * 特別対談
宮崎 緑氏/奄美パーク 園長/田中一村記念美術館 館長 2001年9月30日に開園した「奄美パーク」(鹿児島県・奄美大島)の園長に就任したのは、元NHKのニュースキャスターで現在もジャーナリストとして活躍、大学で教鞭も執るなどマルチな才能を発揮している宮崎緑氏である。「奄美の魅力にすっかりハマってしまった」という宮崎園長に、奄美パークの魅力と役割、そして園長としての抱負を語っていただいた。 人間にとって 大切なものが 奄美には残っている
宮崎 鹿児島県知事から直接ご下命いただき、今年4月に奄美パークの園長ならびに田中一村記念美術館の館長になったんですが、「なぜ私ごときが指名されたのか」と私自身が一番驚いています(笑)。 そもそもの(鹿児島の島々との)ご縁は中央森林審議委員会のメンバーとして屋久島が世界遺産に登録されたときの視察で、そのとき何千年もの厳しい自然環境に耐えて生き延びてきた屋久杉を目の当たりにし、「これを私たちの世代で終わらせることなく次世代にも受け継いでいかなければ」と使命のようなものを強く感じたんです。その後、屋久島の地元の人々と一緒に「屋久島塾」というのをつくって、ボランティア的にいろいろな活動をしていたんですが、屋久島に何度も通っているうちに、田中一村の絵や大島紬など奄美の島々のいろいろなものとの出会いがありました。屋久杉が“自然の英知”だとしたら、染色から織りまで膨大な手間をかけて紡ぎだされる大島紬はまさしく“人類の英知”だと感じ、“自然の英知”と“人類の英知”を探求することが私のライフワークだと思うようになったんです。 そのような活動をしていたところ、「奄美群島の文化を見せる拠点ができる」からということで、その運営を決める段階になってお声をかけていただいたのです。
宮崎 最初の印象は、青く限りなく透明な海や珊瑚礁、(奄美大島や徳之島の)貴重な生態系を保つ深い森やマングローブなどの手つかずの豊かな自然。こうした自然への畏怖・畏敬が強く、"魅せられた"という感じがしました。また、以前からファンだった、極貧のなかで自らの命を溶かして絵の具にし描き続けた日本画家の田中一村が、千葉の家を引き払って奄美に移住し骨を埋めた、そこまで希求した奄美の魅力とは何だったのかもわかるような気がしました。そしてもうひとつ、都会でせちがらい生活を送っている日常の中で失ってしまったもの、人間として大切ネものが、奄美には残っているということも感じました。こうしたことが奄美の第一印象です。
ところが毎週のように通ううちに、奄美群島のさまざまな魅力が角度を変えて見えてきました。奄美とひと口に言っても人が住む島が8島あり、それぞれの島ごとの個性があり、知れば知るほど深さを感じるんです。南のほうの与論島や沖永良部島は琉球の影響が強く、徳之島以北は薩摩の影響が強くなるなど、かつて薩摩と琉球の狭間で揺れ動いた奄美の島々それぞれの歴史。それが島民の気質、人情の機微として映し出され、各島の文化、風土を培ってきています。最初は奄美の表層的な魅力に引かれたのですが、通ううちに、歴史や文化の深い部分に感動、感銘するようになってきました。
宮崎 そうです。人情の機微、深さ、琴線にふれることがいっぱいありました。無名で極貧の日本画家・田中一村を温かく迎え入れた奄美のもてなしの心は、今も息づいていると感じますね。また、奄美の長い歴史のなかで培われてきた各島の人々の気質、風土の違いなど、奄美は人間が本当におもしろいところです。 リアルな展示で現地へと誘い、 人の鼓動を伝えることが大切
宮崎 いわゆる作り物のセットではない、細部にまで気を配りリアルさを追求している空間となっている点ではないでしょうか。高度情報通信社会が進めば進むほど、バーチャルな空間が心の中にまで出現してきます。バーチャルはデジタルネットワークの中での現実ではありますが、人間が人間であることの所以を切り離してしまう側面もあります。人間くささや人の息遣い、鼓動が伝わってくるような余地をいかに残すかが大事なのではないでしょうか。奄美パークはリアルであることで本当の現実を想起させてくれる空間がつくられていると思います。 また、奄美パークの展示はよい意味で完結していないと思います。展示を見ることによって、自分も実際に現地に行って見たいとか体験したいという気持ちにつながるような設計がなされていますよね。いわば、奄美の島々にある宝を探しに行こうという動機づけになれる施設、入口となる施設である、こういう点もよいと思います。
たとえば、イベント広場のところにある昔の民家に、昔話をしてくれるおじいさんの人形造形を設置していただいたんですが、とてもリアルで精巧にできていて、宅配便屋さんが「事務所どこですか?」って一生懸命に聞いていたなんてことがありました(笑)。そして、きっとこういうおじいさんが奄美のどこかにいるんだろうなと思わせ、本当に会ってみたくなります。交流のきっかけにもなると思います。「バーチャルでわかったような気になる」というのではなく、リアルをどう追求していくのか、場がリアルであることがさらに本当の現実にどう結びついていくのかは、高度情報通信社会の進展する状況にあって、今後の空間づくりで重要になってくるでしょうね。地域文化の発信は 地元の人々による「ドゥガパーク」から 宮崎 それからイベント広場もとてもよいと思います。大きすぎず小さすぎず、ほどよいサイズで舞台と観客が一体感をもてます。ここでは、島唄など奄美の伝統芸能を披露するだけでなく、国内各地や世界にまで広げて、それらが交流することで互いに刺激しあい、21世紀の新たな文化が生まれる芽ができたら、とても素敵なことです。そのようなダイナミックな動きのある施設にしていきたいですね。 また、観光で訪れた人にもイベント広場で繰り広げられる踊りなどに参加して一緒に踊ってもらうとか、奄美の人々とふれあい、交流をしていただくような仕掛けも考えていきたいです。こういうイベントを行なうためには地元の方の協力が不可欠になりますね。
宮崎 まず、奄美の島々の人々に、奄美パークは(地域外から来る人にとって)奄美の島々の入口、窓になる施設なんだという位置づけをしていただくこと、そして我が家にきてもらうんだと思っていただくことが大切だと思います。「私の」という言葉を奄美大島の方言では「ドゥガ」というのですが、奄美パークが「ドゥガパーク」になってほしいんです。そして、奄美の人々が「ドゥガパーク」と思うだけではなく、次に沖縄や種子島・屋久島の人も「ドゥガパーク」、そしてその次に県本土の人も「ドゥガパーク」、さらにその次は日本中の人が「ドゥガパーク」、最後には世界中の人が「ドゥガパーク」と、だんだんと広がっていけばいいなと思います。 それから、日本の戦後は一律に平均的国土の発展を目指してきたがために地方がみなミニ東京になって、独自の地域色が薄められてしまったのではないかと思います。奄美の私と同世代の方には、子どものころに方言を使うと学校で叱られたという人もいます。でも、まだ間に合う。お年寄りが健在で、お孫さんに伝えることができるからです。そういう場に奄美パークはなってほしいと思います。その視点からも、奄美パークを「地域文化の発信拠点」にしていきたいですね。
宮崎 開館した時は長蛇の列ができて大変な混雑だったんですが、一般来館者が「ここが最後列」のプラカードをもってくださったりしました(笑)。どこに何があるかなど案内してくれたり人の誘導整理をしてくれたりと、こちらがやらなければいけないようなことを来館した一般の方々みなさんが手分けしてやってくださいました。こういうことはまさに「ドゥガパーク」の動きではないでしょうか。職員とか来館者の枠を取り払い、ひとつに溶け合ってプロジェクトとして運営できればいいなと思います。 また今後、たとえば各島の島唄が一堂に会するイベントなどを行ない、島ごとの違いを知っていただくとともに各島への人的なネットワークを広げていき、奄美大島だけではなく各島の人々みんなに奄美パークのスタッフになってほしいと思います。そうしたことが、琉球でもない薩摩でもない奄美として、また奄美の島々それぞれの、さらには島内でも地域ごとの、アイデンティティを見つめ直してもらうことにつながるんだと思います。そして、地域の協調、成長ができ、そこではじめて世界の中の奄美が見えてくると思います。 ハードとソフトを結ぶ ハートウエア
宮崎 すでに奄美パークと奄美群島の島々とはオンラインで結んで、最新情報を提供できるようになっています。こういう情報をインターネットで発信していくこともできると思います。そして今後は、世界各地の同様な施設とネットワークづくりを進めていきたいと思っています。また、たまたま私自身が他の地域で博物館協議会の委員を務めているようなこともありますので、それらを活かしつつ国内のネットワークも構築していきたいです。 先日、世界の五大美術館の館長が集まる国際会議があって、私がコーディネーター役を務めたのですが、紹介文に田中一村記念美術館館長の肩書きをしっかり入れてもらいました(笑)。そして、各館長に画集を配りながら「特別企画展として、田中一村の展覧会をスケジュールに組み込んでください」とお願いしておきました。まず園長・館長としての私自身が営業マンになって情報発信していくことで、お役に立てればと思います。少しでも地域文化の発信をしたいと思い、人前に出る時はできるだけ紬を着るようにしているんですよ。
宮崎 奄美パークでは“ハートウエア”を強調したいですね。施設としてのハードウエア、運営する仕組みとしてのソフトウエアが両輪といわれますが、そこに精神性とか強い思い・憧れがなければ魂は込められません。それを私はハートウエアと呼んでいるのです。このハートウエアの大切さは街づくりなどいろいろなところに言えることだと思います。ハートウエアを実践する場として奄美パークはきわめてふさわしく、地元の人はもとより数多くの観光客の方々に来園していただいて、“自分探しの場”を体験してほしい。自分自身の心と素直に向き合えるような環境は十分にご用意できるはずです。 奄美パークの完成はあくまでスタートですから、これからいかに育てていくかが大切です。そのためにも、地元の方々には全員がスタッフとして参加していただくつもりです。ぜひとも皆さんにお越しいただき、交流を通してその素晴らしさをクチコミで伝えていってほしいですね。
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聞き手: 公共空間企画部ディレクター・鈴木 敏之 公共空間デザイン部プロデューサー・和田 明彦 公共公共空間1部1課課長・苧阪 友作 このページに掲載の内容、写真などの転用をお断りします。 Copyright 2001 TANSEISHA.co.,ltd. All right reserved. |