| ■トーク * Break! NEO専門店!! 連載12回 際コーポレーション 中島 武氏/ 際コーポレーション(株) 代表取締役 聞き手/ 営業開発室 SCマーケティング研究部長 松本 大地 日本の文化を、いつ、どこで、誰が伝えていくのかを考えると飲食店くらいしかない。 多くの人たちに「安くて、美味しくて、気持ち良い」と言われる店をつくっていく 際コーポレーション(株)の中島武社長は、鉄鍋餃子を大ヒットさせた「紅虎餃子房」や「万豚記」をはじめとして、飲食業界で数々のヒットコンセプトを世に送り出してきた。米軍基地が隣接するエッジ(際)の街、東京・福生を6"発祥の地"とする同社は、中華料理を中核にしながらも、現在では、出店立地等に合わせ、和食、エスニック料理、イタリア料理、フランス料理など幅広い飲食業種・業態を展開しており、店舗数は225店(飲食店舗200店、物販店舗25店舗)に達している。また、新会社を設立し、新業態開発や不振店の活性化など、飲食ビジネスに関するあらゆる事柄を支援する事業も行うなど、その活動領域は多岐にわたっている。 日本の飲食チェーンで 「楽しい」「素晴らしい」「美味しい」と言える "食"が表現できているか
中島 『ハングリー』を出すにあたっては、ハウツウ物や成功物語を書くことはしたくありませんでした。 読者になんとなく私の生きざまの一片を覗いていただければという思いでエッセーのような体裁になっています。
自分ではそれほど波乱万丈な人生を生きてきたつもりはないのですが、他人から見ると笑いあり涙ありの波乱に満ちた人生に映っているようです。 このネット時代にあって私自身はかなりアナログな人間ですが、そういう人間のひとつの人生の形を書いてみたかったということです。生い立ちということで言えるのは、母親の強い影響を受けて育ったということです。 父親の影響はほとんど受けていません。 尊敬される男の魅力ということに関してはそのイメージを母から与えられたと思います。 小さいときから男の子は親分にならなくてはダメだと言われて来ました。 母親という人は女学校卒業と同時に上海に渡って海軍のタイピストをしたような先進的な人でしたから、 私も同じように海外に行かされました。 しかし、子どものころは異常なほど内向的な少年で、人前で教科書を読むことさえできませんでした。 友達も少なく家に閉じこもってばかりいました。それが歯痒くてなんとかしなければと思ったのか、 拓殖大学の付属高校に入れられました。そこで男として強くなるという道を歩きはじめることになったと思います。
中島 拓殖大学と付属高校では応援団に所属しました。 拓大は右翼的と思われがちですが、実際はもっと大きな大陸的思想というか、 世界に貢献していこうという考えを持っていましたから、右でも左でもないといった感じでした。 そこでは何百人もの学生を束ねるリーダーを任されましたが、卒業後社会に出て、 自負と現実の不一致に苦しみました。自分には理想とする崇高な生き方や美学があるのに、ポケットには千円札もないという現実が辛かったですね。 そこでなんとしても起業しなければと考えました。 埋もれていく男にはなりたくない、際だった生き方をしたい。 応援団の団長をやったために非常に顕示欲が強くて、自負と顕示欲と現実の能力のバランスが悪くなると崩れてしまう感じでした。 会社勤めも長く続かず、友人と始めた不動産業や金融業もバブルが弾けて駄目になり、最終的に飲食という実業の世界に足を踏み入れました。 何億というお金を動かす虚業の世界から、一皿いくらという実に現実的な商売をするようになり、これで考え方がまじめになり、お金づくりからモノづくりに専念するようになったわけです。 私がいま考えているのは、はたして日本の飲食チェーンで「楽しい」「素晴らしい」「美味しい」といえる"食"が表現できているのかということです。 当社では、味にトライし、食に対する意識の高い人たちを対象にしようと考えています。 それを現実的に可能にして企業化をしようと思っているわけです。 私たちのチャレンジは、いくら安くしても「美味しい」と言わせるようなマーケットを確立したいということです。 テーマをもったオリジナルな レストランができてもいい時代
中島 私にとって一番辛いのは他の店の真似をすることです。 古いものを咀嚼するのは良いことですし、私は歴史のあるものが大好きです。 ですから、そうしたものを店づくりに活かすことには興味がありますが、物真似はいやですね。
中島 それもありますが、もう一つは大学の影響だと思います。 海外に目を向けなければいけないという学校だったので、私も一時はイタリアに住もうかと思ったほどです。 若いころは海外でのいろいろな人との出会い、それぞれの国で培われた歴史や文化をたくさん吸収しました。 和の文化は祖母から吸収したと思いますが、それに気付いたのは50歳近くになってからです。 それまで私の中で眠っていたようです。 和の文化への傾倒は、日本独特の季節感や古い街並の情緒あふれる日本食の店という形で結実しました。 モチーフに黒塀を使いましたが、これがなんといまのトレンドになっています。 次になにが来るかはだいたいわかります。 しかし、それもたまたま時代がそうなったのか、私が言ったことがマスコミに広がって影響を与えているのかはわかりません。
中島 半歩先どころか、少し行き過ぎているかも知れませんね。 今後の商業施設は、城下町、寺町、市、祭り、こういったテーマでフードコートができると思います。 その場に行ってただ満腹しておいしかっただけでなく、楽しむとか知的な食事をするということになると思います。 知的な食事とは、グルメな高級料理でもなく手ごろで安い料理でもなくて、自分の体のことを考えて日々の食事を摂り、 精神的にも充実することです。これが知的な食事だと思っています。 こうした意識が店舗づくりにも必要ではないかということです。 なにも「365日知的な食事を」とは言いませんが、そうした意識を持つことは大切だと思います。 こうしたことは企業についても言えることで、儲けるだけが企業の目的ではありません。 知的な企業というのは、地球との共生や社会への参加に積極的に取り組み、必ず収益を社会に還元していると思います。 そういうマインドを料理や店づくりのなかでも表現していくことが大切です。 私たちも一つの試みとして知的障がい者の子どもたちが描いたポップアートをショッピングモール内のレストランに飾ったり、 パッケージデザインで使いたいと考えています。 これからはこうしたコラボレーションを積極的にコーディネートしていく時代ではないかと思います。 障がい者問題だけに限らず、どこかの真似をするのではなく、きちんとしたテーマをもったオリジナルなレストランができてもいい時代だと思います。たとえば日本の文化を大切にするというテーマで商業施設の中になにかを作る。春夏秋冬の日本古来の営みをテーマに、3月はお雛様が飾ってあって甘酒がサービスされるとか、そういうことをしていかないと、変化がなくなっていきます。
「ズコット」は "際(エッジ)"な街 福生だからこそ似合う
中島 いままでの商業施設のプロデュースは、欧米の模倣ばかりで根底の文化がありません。 日本の文化を、いつ、どこで、誰が伝えていくのかを考えると飲食店くらいしかないわけです。 飲食店というのは四季によって野菜が変わる、魚が変わる、その結果メニューも変わる、飾る花も変わります。 それを堅苦しくなく楽しく提案できるような工夫をしてほしいですね。
中島 向こう見ずと言えば、そう言えます。 関東の人間が京都で成功するというようなことはまずないと思われていました。 伝統に守られた京都の良さは重々分かっていますが、東京の良さもあるのだということを言いたかったのです。 ただ京都の人はブランドづくりが非常にうまくて、伝統やしきたりもブランドにしてしまっているところがあります。 私が京都でやりたいのは東京の人間にだって凛とした店づくりができるのだということを分かってほしい、 ということです。京都は最初苦労します。しかし京都で一度実践すると、和食というものがほんとうによくわかります。 店は実際につくってみなければわからないところがありますからね。
中島 日本的ではないですね。 私は京都にいったら京都のお店をつくりたい、祇園には祇園のお店をつくりたい、 福生は福生で人種のるつぼですから、その人たちがオーケーを出してくれる店をつくりたいと思っているのです。 ある意味でインターナショナルでないといけないわけです。
中島 だからといってNYスタイルでやればいいかというとそうではない。 横田基地のアメリカ兵というのはカントリーボーイなので、NYのスタイリッシュなスタイルは似合わないのです。
中島 昔、ロスで買い付けをしていたときに、朝早くから朝食のサービスをしている店があって、 そこの店が好きでよく行っていました。そこのテイストがここには流れているのです。 この福生の店を東京でやれという人がいるが、それはちょっと違う。福生だからこそ似合うのです。
教育ができてないからレベルが低い。 最も問題なのが部下を叱れない上司
中島 私はもともと乱暴な話し方はしません。 それは家庭環境のせいでもあると思いますが、「親父」「お袋」というような言葉も使いませんし、 流行語も使いません。
中島 ただ流行に流されないのは良いけれど、流行に遅れてしまってはいけません。 時代をきちんと敏感に感じ取って、その中から何が本質なのかを見分けていきたいと思っています。 必ず大きなうねりというのがあります。 いまはスタイリッシュからナチュラルへ、あまり格好つけないでもっと優しく生きていきましょうというメッセージが出てきていると思います。 ですから和食の店にしても凛としながらほっとする花の優しさというものが大事だと思います。 デザインに凝りに凝るというのではなく、本来の人間の自然の生活の方に戻ってきているのではないかと思います。
中島 そうですね。当社のイズムとして私は「気持ちの悪いことだけはやめてくれ」と言います。 気持ちの善し悪しの判断はなかなか難しいのですが、たとえば香水をつけた子が入社してくると、 気持ち悪くなるから香水をつけるのはやめてくれと言います。なぜならうちは飲食店だからです。 そういうメッセージを社員に伝えていくと、社員自体も「気持ちが良い・悪い」の判断ができるようになってきます。 あとは経営とか会社のイズムというものが決まれば、それは自然に継承されていくと思います。 継承していってほしいことの中には、多くの人たちに「安くて美味しいし、気持ち良い」と言われる店をつくるという当社の夢も含まれています。
中島 たとえば老舗が1軒あったとして、その空気感はチェーン展開では再現できないというけれど、それを可能にするのが教育であり修行であると思います。 マニュアルでは駄目です。まず本社でそういう環境をつくってお店でもつくって、叱りながらでも修行させるのです。 また上の者は率先して見本を示すことも大事です。それを見て自然に身につくということもあります。 そういう空気感をつくっていくことが重要です。 これからは知的な食事ということで、心と体に優しいということをテーマにやっていくということが一つありますが、 もう一つ、社内に「おもてなしカンパニー」というものを立ち上げ、ここで「おもてなし」に関する教本を作っています。 たとえば四季折々のさまざまなモノや花々、そういうことを知った上でおもてなしをしていこうということです。 それをすべてやれということではないけれど、和食の店なのに洋花は相応しくありませんし、仏前花の菊もいけません。 こんなことを平気でやってしまう。京都の有名な人気店にいっても、花は目茶苦茶、冬なのに夏の帯締めをしている。 そのことにだれも気付かないのです。知っている人から見れば呆れてしまうようなことです。 このように和文化や和食の作法にはすべて深い意味があるのです。 また挨拶一つにしても目上の人にお疲れさまやご苦労さまは使えませんが、そういうことも分からない人がいます。 最も問題なのが、部下を叱れない上司です。そのために何かの手助けがほしいのです。 いまは非常に複雑な社会で、不用意な発言をすると、すぐ問題になったりするので教育することもできない。 教育ができないからレベルが低い。だから「おもてなしカンパニー」が必要なんです。
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