トーク * プロデューサーインタビュー [特集]1年後に迫った愛知万博
 
自然と共存できる都市のあり方を世界に向けて提唱することが
世界に誇れる文化と技術をもつ日本の責務

愛・地球博 総合プロデューサー 菊竹 清訓氏


 
“読み人知らず”の力が世界に誇る技術と
自然との共生を生み出した

 
−愛・地球博の開幕まで1年を切りました。2001年に総合プロデューサーに就任されたとき、菊竹さんは「自然保護と都市計画をどう両立させていくかが問われるだろう」とおっしゃいました。総合プロデューサーというお立場から、愛・地球博とはどういう特色をもった博覧会であるべきか、どのようなお考えで取り組まれてきたのかをお聞かせください。
 
菊竹 愛・地球博ではいくつかの大切な課題があります。
第一に交通網の問題です。中部圏のネットワークをどう構築していくかという問題を無視して万博を語ることはできません。万博の期間はたった6か月間ですが、むしろ万博以後の中部圏の骨格をつくり上げるうえで、非常に重大な影響をもっているわけです。ですから、万博を契機としてぜひとも取り組まなければいけない問題ですし、今後も継続的に考え続けていかなければいけない、中部圏の人たちの宿題でもあるわけです。
 
 第二に、都市と自然の問題があります。世界中で都市が自然を浸食し、非人間的な環境をつくり出しています。では、どのように都市と自然との調和を実現していけばよいか。その答えは私たち日本人がもっています。日本には歴史的にも非常に優れた庭園技術がありますし、日本人は、自然を自分たちの生活環境の中に導き入れて、自然と一体となった暮らしを続けてきた民族なのです。それを現代の都市づくりにも活かしていかなければいけません。東京や大阪といった大都市では、自然をどう取り込むかという問題を抱えているわけですが、箱庭のような公園をつくったり屋上緑化をしたりということでは解決しません。愛・地球博では、都市が直面しているこの問題への答えを少しでも提示することができればと思っています。
 
 とくに、大きな視野で見たとき、名古屋という地は環境的に非常に良い条件に恵まれていると思います。北にアルプスの山々があり、その麓には緑豊かな森があります。その森からは川が海に注いでおり、そこには豊かな農業が栄えています。実は近代技術を活かした農業が最も発達しているのは名古屋地区なのです。そして南には海の素晴らしい自然があり、貿易港としても日本一です。
私は、自然と調和した暮らしを考えるときのキーワードは「ふるさと」だと思っていますが、名古屋にはその「ふるさと」の原型があります。ですから、愛・地球博では、日本が育んできた「ふるさと」の未来像を直接体験してもらいたいと思っているのです。
 
モリゾー&キッコロ  むしろ、自然と共生する知恵をもつ日本には、自然と共存できる都市環境のあり方を世界に向けて提唱する責任があり、それは日本にしかできないのではないか。その責任を果たすことができるか、できないかがこの万博にかかっているといってもよいと思うのです。
単に会場に木を植えるといった話ではなく、海外から来られた方が会場に入るまでの間も、日本の代表的な景観の素晴らしさを満喫してもらいたいと思っています。一方で日本は、技術大国でもありますが、その技術力が最も集積しているのも愛知なのです。さまざまな技術がこの地から世界へと広がっていっています。溶接技術や掘削技術、造船技術などなど、世界一のさまざまな技術が日本にはたくさんあって、それらが、いまや世界一となった深海艇を生み出し、宇宙ロケットや旅客機、自動車などに活かされている。そうした技術を最も集積しているのが名古屋を中心とするこのエリアである。そのことも世界の人たちに理解していただきたいと思っています。 
 
−具体的にはどのように表現していけばよいのでしょう。
 
菊竹 何かやろうとするとき、ヨーロッパでは一人の天才のもとにみんなが結集するというやり方をします。アメリカでは、細密なマニュアルをつくり忠実に実行する。では日本はどうかというと、“読み人知らず”の社会なのです。和歌集のなかにも読み人知らずの歌が堂々と出てきますね。誰か知らないけれども、非常にレベルの高いものをつくり出せる。無名の力が結集して想像を超えたことをやり遂げてしまうのが日本という国で、これは名古屋人の特徴でもあるのです。
 
 
 
 
 
都市と農村が交流する
「ふるさと」づくりのモデルをつくりたい

 
  
−その結集力が愛・地球博の成果になるとすると、博覧会場をどうするというより、全体として何をメッセージするかが大切だということになりますね。
 
菊竹 そうです。愛・地球博を機会にして、日本人がもっている潜在能力を世界に発信したいと思っているのです。本当の実力は社会全体でつくり出すものだからです。万博の効果が現われるのは5〜10年後でしょう。ここで使われたものが再利用され、次の時代に活かされていく。会場全体が次の世代に手渡されていくことで、愛・地球博が伝えたかったことが社会に広がっていくことになる。ですから、その成果がわかるのは10年後くらいということになります。 
 
−会場のあり方にもそうしたメッセージが込められている。
 
菊竹 自然の地形は長い時間をかけていまの姿になっているわけですから、なるべくそのままの形で利用したい。森の中にウォッチングのための小さな小屋をたくさん設置して、そこから自然界のそのままの姿を見てもらいたいと思っています。
 
 鬱蒼とした森とその前に豊かな農業地帯が広がる風景こそが、日本人の力の源である「ふるさと」だからです。意外に思われるかもしれませんが、薔薇づくりでもチューリップづくりでも愛知県が世界一なのです。みんなで協力して黙々と技術を蓄積し、優れたものを生み出してきた原動力をそこに発見してもらう。そういうことを伝えたいのです。
 
 たとえば、米の生産性がなかなか向上しないアジア諸国は、いま日本の農業に学ぼうとしています。日本の農業は稲だけをつくるのでなく多種多様なものを育てて全体のバランスをとっています。また肥料や灌漑にもいろいろな方法をもっています。それを見習おうとしはじめているのです。国連でも、アフリカの発展のために日本の稲作に注目しています。いまの日本の欠点は、特定の銘柄にシフトしてしまったことです。これでは気候条件の変化に対応できませんから、非常に危険です。多品種を育てることが原則ですし、それが日本の農業をつくってきたわけですから、国としてもそれに取り組むべきなのです。 
 
−外の人たちに向けてだけでなく、自分たちの足元をもう一度見つめ直す機会をつくらないといけないということですね。
 
菊竹 そういうことです。そのために「ふるさと」づくりということを考えています。農村と都市の家族が定期的に交流をして、農作業を手伝ったり、都市の文化に触れたりとお互いの生活を体験し合うのです。日本中から愛知に来ていただき、同じ家族が何世代にもわたって交流するという形になって、はじめて日本の「ふるさと」が再生するのではないかと思います。そのきっかけが愛・地球博なのです。ここに来て、「ふるさと」再生のモデルを見ていただいて、自分たちの「ふるさと」復興の参考にしていただきたいのです。そういう意欲をもった方々にどんどん来ていただきたい。学べることはたくさんあると思います。
 
−愛・地球博は大変なテーマを投げ掛けているわけですね。
 
菊竹 そうです。名古屋だからこそのテーマなのです。戦後、きちんと都市計画ができたのは名古屋だけです。先進的な人たちの助言を受けて都市計画を実施し、その結果、100m道路がつくられ、地下街なども日本で最初につくられました。そういう総合力をもっているのです。
 
−会期が終わった後はどうなっていくのでしょう。
 
菊竹 どうするかの一つはグリーンのネットワークづくりです。これを機会にいくつものノーダルポイントをつくり、それらをうまく結びつけて自然の叡智に迫るのが理想です。 
 
−跡地はとりあえず公園として残すとしても、それを活用する知恵が必要ではないですか。
 
菊竹 それについては急ぐことはありません。次の世代と一緒にみんなで知恵を出していければと思います。
 
−本日は、ありがとうございました。
 
菊竹氏 菊竹 清訓氏
きくたけ きよのり ●建築家/工学博士
1928年福岡県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業後、53年に菊竹清訓建築設計事務所を開設。64年に出雲大社庁の舎の設計で第15回日本建築学会賞や第14回芸術選奨文部大臣賞などを受賞したほか、日本万国博覧会ランドマークタワーで日本建築学会特別賞など多数の作品と受賞歴がある。またアメリカ建築家協会名誉会員、フランス建築アカデミー会員、日本建築士会連合会名誉会長等々、多くの要職を務めている。
博覧会関係でも、沖縄海洋博空間プロデューサー、なら・シルクロード博ハードプロデューサー、国際科学技術博覧会マスタープラン作成委員などを務めた経歴がある。2001年に日本国際博覧会総合プロデューサーに就任。現在計画が進んでいる九州国立博物館の設計を担当している。また都市ハイパービルディング研究会(建築センター)の会長を務めている。


 
 
関連サイト: EXPO 2005 AICHI,JAPAN
 

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