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■トーク * インタビュー [特集]ユニバーサルイベント ユニバーサルイベント ノーマライゼーション社会のなかで求められる 新しいイベントの発想
NPOユニバーサルイベント協会理事長 できる限り多くの人が一緒に社会参加ができる、そのためのさまざまなチャンスが与えられる社会――それがノーマライゼーションの考え方だ。それは、けっして障がい者に向けた特別対応ではなく、子供から高齢者まで、男女の性別も超えてともに生きることのできる社会を目指すことである。より良い社会の実現を目指して新しい情報発信をしていく役割を担うイベントは、まさにその最先端の考え方が活かされたものでなければならないだろう。世の中には、さまざまな人がいる、ということを前提にして、その人たちが当たり前に参加でき、コミュニケーションがとれる。そうしたユニバーサルイベントを、私たちはつくり上げていく必要がある。 今号では、ユニバーサルイベント協会の内山早苗理事長にご登場願い、その意義を多くの人に理解していただきたいとの思いを込めた特集とした。 すべての人が社会参加できる仕組みをつくることが 日本社会の必須のテーマ 伊藤 今回は「ユニバーサルイベント」の特集です。私どもも協会の会員として加盟していますが、まだ一般には浸透していない言葉です。まずユニバーサルイベントとは何かを理解していただく必要があります。
内山 そうですね。伊藤さんもご承知のように、博覧会も含めて、これまでのイベントでも、ずっと高齢者や障がい者への対応は行なってきたといわれていて、あえてユニバーサルイベントを持ち出す必要はないのでは、という声が多かったですね。しかし、ノーマライゼーション社会を目標に据えた視点からみると、本当にイベントのノーマライゼーション化が進んでいるかは疑問ですね。特別対応することがノーマライゼーションではありませんから。そもそも大多数のイベントは、元気で若い人を対象に基本構想が計画されていて、その後で、さまざまな不便をもつ人への対応を考える。そうではなくて、目の見えない人、耳の聞こえない人、歩けない人、杖が必要な人もいる、そういうさまざまな人々がいることを前提において基本構想を立てていくことが必要なのです。そうすれば、イベントのあり方はまったく違ったものになっていくはずです。 そのためには、聴覚や視覚に不便さのある人や車椅子の人、高齢者などが最初から基本計画の企画に関わっていく必要があると思います。これまでの多くのイベントでは、障がい者や高齢者の方はあくまでも参加者の一部として考えられていましたが、ユニバーサルイベントでは企画する側にもいろいろな人がいて当たり前、という考え方になります。たとえば、車椅子の人が上がれないようなステージが平気で使われています。会場には車椅子専用スペースなどが設けられていても、そういう人たちが壇上に上がるという発想が最初からないのです。それができていないために、段差をスロープで解消するしかなくなってしまう。 伊藤 実際にやってみるとわかりますが、ほんのちょっとした段差でも大変ですよね。下るときも怖いですし。実際にハンディキャップをもっている方の体験をしたことがないと、彼らの実感なんてわかるはずがありません。だから、設計段階でそういう発想が出てこない。実際に、そういう立場になってはじめて「困った。どうしよう」となるんです。 身障者の気持ちになるというのは頭ではわかっていても現実ではできないものですよね。錘をつけて身体の不自由な人々と同じ体験をするという試みをもっとやったほうがいい。健常者も、やがては年をとり足が上がらなくなったり身体が動かなくなったりして、体の不自由な人の大変さがわかるようになるのですが、それでは遅いですよね。若いときからそういう思いやりや人間らしい心を育んでいかないと。ユニバーサルデザインという言い方をしていますが、本質は愛や人間としての優しさが大切ですよね。 内山 障がい者と健常者という表現をよくされますが、どこまでが障がい者で、どこまでが健常者かという区別はできませんから、本来は私たち皆にとっての問題であるはずです。 伊藤 近視や遠視もひとつの障害でしょうから、そういうことからすると基本的には皆、何かしらハンディをもっている。 内山 言葉が変わることによって意識も変わっていきますから、小さいことから積み上げていくことが大切です。私どもでは「障がい者雇用促進支援講座」という通信講座を開講しているんですが、“害”はひらがなです。害という字は何かを害する、ということですから、障がい者の方は「害をもった人間なのか」と感じてしまうんです。でも、実際は社会のあり方によって障害を受けている人たちです。 もともと、「障害者」の害は「碍」という字だったのですが、当用漢字になかったために「害」という字を当ててしまった。言葉に気をつけるということは考え方に気づくことであって、言葉が変わることで考え方が変わっていき、常識が変わっていくことがあるので、とても大事なことだと思います。 「障害者」という言葉ができる前の社会は、ある意味では、むしろノーマライゼーションではなかったでしょうか。クラスの中には必ず目の悪い人や耳の聞こえない人がいたけれども普通に一緒に遊んでいました。彼らがやりにくいことがあれば、誰かが助けてあげていた。ところが、1960年代から特殊学級ができて分けるようになった。特別対応をするようになってきたのです。93年に障害者基本法ができた後は、本人(親)の希望さえあればどこの学校も受け入れなくてはいけなくなりましたが。その後に障害者プラン〜ノーマライゼーション7か年戦略ができて、国の施策のほとんどすべてにノーマライゼーションという言葉が入るようになった。いまも、新障害者プランで7か年戦略を続けていますし、障害者基本法も変わって、国はノーマライゼーションの推進に力を入れています。 障がい者だけではなくて男女雇用機会均等法が改正され、男女共同参画社会基本法ができたり、交通バリアフリー法などができた。それらはすべてノーマライゼーション推進の一環としてできたものです。なぜ、急にこれほど力を入れるようになってきたか。 ひとつには国際社会の価値観のグローバルスタンダードがノーマライゼーションである、ということ。日本はそれに遅れをとっていて、国際社会で活動するとき、それがマイナスになるという現実があります。 たとえば、アメリカではADA(障がいのあるアメリカ人法)という法律があり、人種、性別、年齢、身体的条件については一切制限を設けてはいけない。誰もが当たり前に企業で働くことができる、ということが徹底されているのです。そのために鉄道や道路、公共の建物などの環境をすべてバリアフリーにしている。 伊藤 ヨーロッパでも同じですね。先進国では日本だけがまだまだ遅れている。高齢者も当たり前に働ける環境になっていませんしね。 内山 そうです。日本の少子高齢化社会の課題を解決するためのひとつがノーマライゼーションの推進にあるといえます。いま、年金制度が危機的になっています。生産年齢人口、つまり納付者と受給者が極端にアンバランスになってしまうということですね。それは統計上はっきりしているのですが、問題はその生産年齢人口で、すべての男女がカウントされている。実際に年金を払っている女性は全体の4割程度でしょう。つまり、今後はこれまでのように元気で若い男性が働くだけで国を支えていくことは不可能だ、ということなのです。 今後は女性にもどんどん働いてもらおう、障がい者も、可能な人には納税者になってもらいたいという切実な背景があるのです。また、年金受給資格年齢が65歳になりますが、その先には70歳というラインもすでに考えられていますし、もっと引き上げたいようです。そこまでやらないとシステム自体が成り立たなくなっている。交通バリアフリー法もそのためにつくられたということもできます。少なくとも65 〜70歳程度までは働いてほしいというわけです。こういう、非常に重要な社会的背景があります。 伊藤 年齢で区切っているという点も問題です。個人差がありますから、同じように年をとっても痴呆症になる人もいれば、いつまでも元気な人もいる。 内山 そうですね。ただ、高齢者になるということは、多かれ少なかれ障がい者になるということですよね。身体のどこかしら具合が悪くなってくる。それで、皆が社会参加できるために交通機関や企業内設備などの再整備が必要になってくるわけです。これからは企業もアメリカのように年齢制限、性別、障がいの有無で対応を変えてはいけないというようになってくるはずです。
すべての人が参加できる ユニバーサルなシステムから 新しいものが生まれる 伊藤 ハードのインフラもそうですが、ソフト(意識)のインフラも変わらないといけない。 内山 この間、JR東京支社に所属する駅(約70か所)で働いている人たちを対象にバリアフリーの研修を担当したんです。車椅子への対応などは重労働ですし「なぜこんなことを」と思いがちです。でも、彼らにも働いてもらわないと大変なことになるんです、これからの日本を支えていくために交通機関は非常に重要な、“足”になるのだから、それを担っているあなた方の仕事はすばらしいという話をして、実際に車椅子の上に正座してもらって、持ち上げたり坂を上がってもらったりすると実際には怖いんですよ。そうすると、意識が大きく変わるんです。 そうした活動を行なっていくなかで、いまのイベントを同じ視点で見るとどうなのか、ということがユニバーサルイベントを推進することのきっかけです。一緒に参加でき、つくり上げていく、そういうイベントを実現させていくために「ユニバーサルイベント」という言葉で提案していくのがいいのではないかと思ったのです。 伊藤 イベントプロデュース協会でも研究会や勉強会を開いてきましたね。そのほかにもユニバーサルイベントを認知していただくためにいろいろと活動されていますね。 内山 協会のなかに研究チームをつくって、フォーラムも開きましたし、本を発行しました。また、日本イベント産業振興協会の報告書にユニバーサルイベントのテーマで書かせていただきましたし、イベント学会でも発表の場をいただくなどして、ある程度、ユニバーサルイベントという言葉が定着してきたと自負しております。 伊藤 やはり、まずイベントを構築していく過程にいろいろな人たちが参加できるように組織の仕組みも変わっていかなくてはいけない。 内山 意識を高める一番いい方法は、そういう人たちと一緒に働くことです。毎日、一緒に仕事をしていれば、大変さもわかりますし、彼らの能力の高さにも気づきます。商品開発でも、私たちは自分が使えるものを無意識の前提でつくってしまいます。でも、身近に障がい者の方と接していれば「あの人は使えるかな」「この人はどうだろう」というように企画の段階から違った意識をもつようになります。つまり、障がいのある人たちを仕事場に入れてあげるという発想ではなくて、対等な関係で一緒にいることによって得られることもすごく大きいということが重要なのです。誰もが年をとりながら、いずれ障がい者になって死んでいく。自分がそういう立場になって気づいても遅いんですよ。死ぬまで自分で料理を食べる、トイレに行くために、いろいろな面でユニバーサルデザインが必要になってくるんです。イベント会場も、そういうことが普通であるべきなのです。 イベントとは、新しいことを社会に提案して普及させることに大きな意味があります。だからこそ、イベントには最先端の、そして当たり前のサービスやデザイン、システムがなくてはいけないのです。いろいろな知恵と工夫を試す場でもあります。そして来場していただいた方々の意見を柔軟に吸収し、その声を会期中に反映させていけるようなシステムにすればいいのです。いまは最初から最後まで同じ展示であることが多いですが、イベントの会期が長ければ、その間に参加者が一緒になって考えて知恵を出し、よりよいものにしていく。これは情報の発信にもなり、リピーターづくりにもつながっていくと思います。 もともと、ユニバーサルデザインはたくさんの知恵と工夫が必要なものです。どんなに知恵を出し合っても、すべての人が使いやすいものはできません。でも1人でも多くの人が使いやすいものを考え出す必要がある。そのために多くの人の声を吸い上げる。これをイベントのなかで行なうのは非常に面白い試みだと思います。もっといい意見を思いついたからもう一度行ってみよう、という人もいるかもしれません。半分くらいの人がその商品や設備を理解してくれたら、これはすごい普及率です。これこそイベントのもつ意義です。イベント終了後に新たなプロジェクトが生まれることもあるかもしれません。 そこから発信・創造できることは、これまで思いもよらなかった新しいものになるはずです。いろいろと工夫していけば、イベント自体も面白くなります。リレーションを工夫すればいいとか施工をきちんとすればいいという段階的な話ではなく、すべてにおいてユニバーサルになればいい、というのが私の考え方です。誰もがどの段階でも参加できる。ただ、最初の段階で、そのためにどう基本構想をつくっていくか、という点を詰めておかないとだめなんです。だから、イベントのつくり手である私ども業界の人間がまずきちんと理解する必要があるんです。
ユニバーサルイベントの考え方を活かすことで 地域に新しい活力を生み出す 伊藤 そういう視点で発想すると、これまでとは違う提案のできる新しいイベントの可能性が広がっていきますね。大きなイベントだけでなく、いまでは手づくりの地域イベントも広がってきていますから、その考え方は非常に意義があると思います。 内山 地域おこしのためのイベントを自分たちの手でつくっていくということが、これからはもっと多くなっていきます。お母さんたちのグループや定年を迎えたお父さんたち、地域で産業を起こしている人たちが立ち上がって、地域のためにイベントを開催するようにもなっています。そこには高齢者も、障がい者もいる、週休2日制で土曜日が休みになった子どもたちもいる、といった状況のなかでイベントを開催していくとき、それをユニバーサルイベントでやっていけばいいのです。参加した人の知恵と工夫が人を呼べるよう になると、グリーンツーリズムみたいに都市との交流が生まれ、一過性ではなくなっていく。これもユニバーサルイベントだといえます。 そういう勉強会などでノーマライゼーションやユニバーサルイベントについて話すと、皆さん非常に喜ぶんですね。パワーも生まれるし、新たな発見も生まれます。「車椅子の人はこんなに大変な思いをしていたのか」「共同作業をしたら意外と楽しかった」という声も出ますし、経験や資格をもった定年退職者の方が予想以上に面白いアイデアを出してくれるかもしれません。こういうことの積み重ねが地域の活性化につながっていくと思いますし、そういう意味でイベントは面白いし、価値が出てくるのです。そして、やがては、イベントこそが大きな産業をつくり出す源となっていくことも夢ではなくなると考えています。 そうすれば、国が困っている少子高齢化の問題も多少は解決することができるのではないでしょうか。これまで、定年退職後は能力があっても仕事を辞めて年金生活をされていた方々がボランティア活動をはじめられたり、再就職されたり、集まって事業をはじめられたりすることで、再び納税者となることも可能になる。寝たきり老人も減るかもしれません(笑)。 伊藤 そういう意味では、地域のスポーツイベントなどに1人でも多くの地元住民に参加してもらうための「ユニバーサルスポーツ」を普及させていくことも大事ですね。 内山 寝たきり老人を1人でもなくす、ということに関しては、厚生労働省や文部科学省、経済産業省などが取り組んでいますが、私どももユニバーサルスポーツの活動を通して取り組んでいます。 国としては1人でも要介護者を減らしたいという思いがあって、そのために「予防医学」に着目し、サプリメントの普及やスポーツ活動を振興するようになっています。なかでも、文部科学省が推進しているのがスポーツ振興基本計画というものです。かなり大規模な構想で、全国各地域に合計1万か所の総合型地域スポーツクラブをつくるというものです。土曜日の学校などに子どもたちや障がいをもった人、お年寄りの方たちが集まってコミュニケーションを図りながら一緒にスポーツを楽しむことができます。そのために広域スポーツセンターを全国300か所に設置して、そこが総合型地域スポーツクラブをつくるための指導を行なうという計画で、すでに20か所以上につくられています。 この構想にもノーマライゼーションの考え方が反映されているのですが、実際にクラブを運営するときに指導・補佐できるスタッフがほとんどいない。スポーツインストラクターはたくさんいらっしゃいますが、ほとんどの方は専門特化していて、総合的にスポーツを指導できる方はいらっしゃらないのです。 ですから、指導できる人材を早急に養成する必要を感じて、ユニバーサルイベント協会で「ユニバーサルスポーツコーディネーター養成講座」を昨年開講したわけです。修了された方には協会から「ユニバーサルスポーツコーディネーター」という資格を認定しております。 いまはまだ50余人の方しかおりませんが、「ユニスポNews」という機関紙も発行していて、受講されている方たちがどのような活動を行なっているのかを紹介しております。読者はユニバーサルスポーツに熱心な方ばかりで、ユニークなユニバーサルスポーツに取り組まれている。彼らと連携をとりながら、いずれは各地域のイベントやスポーツクラブにも関与していきたいと考えているのです。 そうすれば、もっとノーマライゼーションの考え方が地域に根差したものになっていくでしょうし、ユニバーサルスポーツもスポーツイベントとして展開していくことが可能になります。 伊藤 今後、協会としてどのような活動をされていきますか。 内山 やはり啓発活動が大切なので、いろいろな場所でセミナーなどを開催していきたいと思っています。ひとつにはユニバーサルイベントの資格制度を明確にして多くの人に取得してもらえるようにすること。イベント業務管理者という資格がすでにあり、その下にイベント検定という制度がありますから、まずこれらを取得された方々を対象にしていきたいと思っています。 また、すでにいくつかの県や市町村での職員研修にユニバーサルイベントの項目を入れてもらっていまして、そうしたことを通じても普及に努めたいと考えています。 伊藤 本日は、ありがとうございました。
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