トーク * Break! NEO専門店!!
 
BINGATAYA 
 
今西 駿太郎氏(株)エヌ・ビー・シー 代表取締役 
牧野 早苗氏(株)エヌ・ビー・シー BINGATAYA プロデューサー 
 聞き手/ NEO専門店研究会主宰 松本 大地
 
独自の視点から商品をセレクト
ステーショナリーとカフェを融合した新業態ショップを出店


 
「BINGATAYA」と聞いて、すぐに沖縄の型染めである紅型を思い浮かべる人は少ないかもしれないが、南青山に店を構えるBINGATAYAは、カードメーカーであり文具の販売も行なう(株)エヌ・ビー・シーがオープンさせたステーショナリーとカフェを融合させた新業態ショップ「Art Paper Cafe」である。
 人間国宝の故鎌倉芳太郎氏の紅型作品を再現した和紙をはじめ、同店のプロデュースを担当した牧野早苗氏の感性で選りすぐった和の素材とヨーロッパのステーショナリー、雑貨が独特なテイストの空間の中で共存しており、カフェも不思議なやすらぎを感じさせる。この非常に個性的なショップに、いま鋭い感性をもった女性たちの視線が注がれている。

 
日本にカード文化を根付かせたいとの思いが創業の精神

 
―まずエヌ・ビー・シー(NBC)についてお話を伺いたいのですが。
 
今西氏今西 創業は1963(昭和38)年で、東京オリンピックが開催された前年なんですね。創業者は、私の父親ですが、奈良で新聞社をやっていまして、「日本の自然は世界で一番美しい」と言い続けていたのですが、当時、諸外国の日本に対するイメージは「富士山・芸者」で、そのことを父はとても残念がっていました。
 おそらくそれが動機だったと思いますが、「美しい日本を世界中の1人でも多くの人々に知ってもらいたい」というところから、NBCを創立しているんです。創立には当時の電通の会長・社長、三越の社長、紀伊國屋書店の創業社長、故田辺茂一さんといった錚々たる方々にご協力いただき、東京オリンピックでは、選手村にNBCのカードスタンドを置いて一躍脚光を浴びました。
 
―日本の場合、「絵はがき」は、ほとんどが観光地で売られていましたよね。
 
今西 そうですね。観光地のお土産店などで売られていたものがメインでした。欧米では自宅に招待されたときなど、その礼状を必ずグリーティングカードやポストカードで出す習慣のあることを知って、日本でも生活の中にカードを普及させたいという気持ちがあったと思います。ですから、当社では、観光地での営業は一切せず、都心のデパート、書店、シティホテル・空港などでの販売に重点を置いてきました。
 
―海外出店も早かったですね。
 
今西 1983年に海外1号店をシンガポールに出店しました。紀伊國屋書店さんがシンガポールに出店されることになって、書籍だけでなく、文房具コーナーも併設することを聞き、「ぜひ文房具コーナーをやらせて下さい」と松原社長(現会長)にお願いにあがりました。当社創業者の「美しい日本を世界中の1人でも多くの人に知ってもらいたい」という気持ちを松原社長が寛大にご理解下さり、出店することができ、以降、20年間で、シンガポール4店舗、マレーシア3店舗、オーストラリア1店舗、アメリカではサンフランシスコ・サンノゼに4店舗、ニューヨーク・ロサンゼルスにも出店することができました。
 
(株)エヌ・ビー・シーがニューヨークに開いている文具店「MAIDO」
 
 
―日本の美しさを世界の人々に伝えたいという信念からでしょうが、御社のカードの特徴は日本画のカードをいち早く取り入れていることですね。
 
今西 私は絵のことはよくわからないのですが、展覧会など見に行くことは好きでした。特に日本画の展覧会はよく行きましたが、いつも美しいなぁ・・・この絵のカードがつくれればいいなぁと思っていました。日本画のカードを今のように多くつくれるようになったのは、あるご縁で山種美術館の山崎(富治)館長にお会いすることができたからです。山崎館長から先生方をご紹介していただき、その先生方の御作品からカードをたくさんつくっており、そしていまは山種美術館で売店もやらせてもらっています。
 
―片岡鶴太郎さんのアートグッズもつくっていますね。
 
今西 私は役者の鶴太郎さんが好きで鶴太郎さん主演のテレビドラマはよく見ていたのですが、8年ぐらい前になりますか。三越の美術部長さんから「来年、鶴太郎さんの個展をするんですが、アートグッズをつくりませんか」とのお話をいただきました。私はその場で「ぜひつくらせてください」と答え、それ以降毎年どんどんグッズは増え、絵はがきはもう500種類ぐらいあると思います。いまでは鶴太郎さんの個展会場へくっついて行くのが私にとって、とても楽しい旅になっています。
 
 
紅型作品をモチーフにした
ニューコンセプトショップを実現

 
―牧野さんはどういう経緯でNBCに入社されたのですか。
 
今西 当初、鶴太郎さんの個展の担当は私がやっていたのですが、3回目くらいのときに担当者を募集したのですが、人選が決まった後に牧野君が「こういう仕事がやりたい。給料はどうでもいいし、サブでもいいからやらせてください」と飛び込んで来た(笑)。
 
―牧野さんは、それ以前はどんなお仕事をされていたのですか。
 
牧野氏 牧野 私は高校を卒業してすぐに渡米しまして、フィラデルフィアで約9年間暮らしていました。大学ではアートを専攻し、卒業後は街のコーヒーショップのマネージャーとして5年ほど働いていました。街では評判の店で、台湾人のオーナーでしたが、お店で使用しているカップや備品類はすべて日本製のものを使っていました。私はそこで日本文化の素晴らしさに開眼したのです。
 
―「BINGATAYA」はどのような経緯ではじめられたのですか。
 
今西 5〜6年前に日本画家の鎌倉秀雄先生にお会いしたときに、お父上であり、人間国宝の鎌倉芳太郎先生の紅型のお作品のポジを見せていただき、その美しさに感動しました。このお作品で何かつくらせてもらいたいという気持ちは持ち続けていたのですが、なぜかカードをつくろうという当たり前の気持ちにはなれず、もっと違ったもので、と考え続けました。今回、三菱地所さんから出店のお誘いをいただいたとき、当社らしさを出せて、「これからの文房具店」のような店をお客さまに提案したいと思い社内でいろいろと話し合いました。その1人に牧野君がいて、ある日、鎌倉芳太郎先生の紅型のポジを見せました。彼女はたくさんあるポジをズーッと見ながら「きれい、美しい」しか言わず、感動している様子が私にもよくわかりました。それから数日後、牧野君に「(現在、BINGATAYAのある)青山どうしようか」と軽く聞いたら「予算はどのくらいですか。その予算を私に預けて、一切を任せていただけるなら、私にやらせて下さい」と。
 
牧野 社長からお話を聞いたときに、自分の中では、鎌倉先生の紅型をモチーフとしたお店をつくろうというコンセプトが決まっていたんです。鎌倉先生の紅型は、伝統的な紅型からはちょっと外れた“モダン紅型”です。日本の美を伝える作品なのですが、それだけではなく、何か普遍的にアピールする魅力がある。ひと言でいうと和洋折衷ということになるのですが、それともちょっと違う洗練された感覚がある。そのイメージでお店をつくろうと思ったのです。ですから、店名も最初から「ビンガタヤ」と決めていました。
 セレクト商品と、ここでしか売っていないというオリジナルな商品を集めた売場、そこにくつろげるカフェを併設し、そこで手紙を書いたり本を読んだりして過ごせるお店を目指しました。文房具店なのに何でこんなにくつろげるの、と思ってもらえるような、女性をターゲットにしたステーショナリーショップというのが、このお店のコンセプトです。
 
(左)●店名の由来となった紅型を和紙で再現したオリジナル商品をはじめ、和の製品が並ぶ
(中)●ヨーロッパのステーショナリー、雑貨を集めたコーナー
(右)●併設されたカフェは、心癒される空間となっている

 
―ここには郵便ポストもあるんですね。
 
牧野 そうです。カフェで手紙を書いてその場で出せるようになっています。カフェでくつろいで手紙を書いてみようと思えるような、心のゆとりというか、そんな時間の過ごし方をしてほしい。そうした感性をもっている人に利用していただきたいのです。
 
今西 ですから置いてある切手も、通常切手ではなく、デザイン性の高い切手ばかりです。
 
 
―牧野さんの感性がそのまま店づくりに現われているようですね。
 
牧野 一つひとつに自分の感性を込めています。ソファの色もそうですし、カップひとつも自分が納得できないものは使いたくない。そのへんは自分の感性で徹底しています。
 
今西 私が牧野君につけた条件は1つだけ。仕入れにはすべて目を通して、自分で納得しない限り仕入れをしないでくれということでした。
 
牧野 この間、鶴太郎さんが来てくれまして、「この店はプラスの空気が流れていて気分がいいなあ」って褒めてくださった。それと2人に1人の割でお客さまが「また来ます」とおっしゃって帰られるんですが、ありがたいなと思います。
 
今西 鎌倉秀雄先生夫妻もお見えになって「本当に良いお店をつくっていただいてよかった」とおっしゃっていたと、スタッフから伝え聞き、うれしかったですね。
―本日はありがとうございました。
 
関連サイト : Art Paper Cafe BINGATAYA 
 
 
対談後記 
matsumoto.jpg  ステーショナリーを扱う多くの店は、価格競争と同質化が進んでいる。BINGATAYAは一朝一夕に創りだされたものではなく、日本の美を追求してきた熱意と研鑚の積み重ねの結果、今日的なカードライフを感動体験できる場として誕生した。同ビル内にある外資企業の顧客は、「このままこの店を南仏にもって行きたい」と言う。  何で感動をしてもらうか、売れ筋だけではドキドキ、ワクワクという感情は生まれない。その個性溢れる表情は、価格競争や同質化とは無縁の選択的消費を担う本来の専門店の役割を訴えているかのようだ。
 
(NEO専門店研究会主宰:(株)丹青社 営業開発室SCC2部 部長
松本大地)
 

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