■トーク * Design対談
アメリカンデザインビジネスの潮流
建築家/(株)北川原温建築都市研究所 東京芸術大学助教授 北川原 温氏 海外で受けたカルチャーショックが モノづくりへの思いを 惹起した 牛建 お久しぶりです。お会いしたのは2年ぶりくらいでしょうか。僕が北川原さんの作品で一番興味を引かれたのは渋谷の「ライズ」(渋谷スペイン坂の商業施設、1986年5月竣工)です。1980年代の初頭、僕はサンタモニカで仕事をしていました。たまたま日本に遊びに来ていてライズを見たわけですが、そのあまりの斬新さに驚き、日本は非常にメトロポリタンなところだという印象を受けました。 ライズについて北川原さんの書かれたものを読むと、「ライズは建築であるよりも前に、都市のさまざまな内面的断片の集積である」とあります。これを読んだとき「この人は理工系の建築を出た人ではないな」とすぐにわかりました。経歴を見るとやはり東京芸大の建築科を出ておられる。北川原さんの作品は小さいものであっても、非常に面白いフォルムや発想があって、予想外の驚きがあります。 北川原さんのスタイルを最初に表現したのがライズではないかというのが僕の印象ですが、実は僕が一番好きなのは、住宅「395」(南青山の個人住宅。1986年6月竣工)で、「395」こそが北川原さんの原点ではないかと思っています。 北川原 おっしゃる通り、あれが原点だと思います。 牛建 ライズは、こういう素材でないとこういう建築物はできないということが最初からあったわけですか。 北川原 いいえ、理屈があって設計していったわけではなく、東京という都市が求めている空間はこれだ、という思いで設計したという記憶があります。 あの頃の東京は渾沌としていて、未分化なところ、未成熟な部分がたくさんありました。都市の全貌が明かされる前の状態で、未知の部分、暗闇の部分が垣間見えるような時代でした。その頃、私の心の中では、私が何かを考えるというより、東京という都市そのものが建物や空間をデザインしていく能力をもってしまっていると、都市を擬人化して思い描いていたように思います。 牛建 ライズがあることによって、あの一角が象徴的な意味を帯びてくるという感じがしました。あの素材とフォルムでの構造体はアメリカではありえない建築だったので、非常に刺激的で記憶に残る作品でした。 北川原 ああいうロケーションだったので、あの設計を考えたのだと思います。別の場所であれば素材も形も違っていたと思います。 牛建 坂や高低差がなかったら、あのようにいろいろなアングルから見える面白さはなかったでしょうね。非常に計算されたものだと思います。 僕はインテリアデザイナーですから、建築家のもっている概念がわからない部分があるのですが、北川原さんの視点には、建築家らしくないところがあって非常に刺激的でした。細部にまで空間の処理に神経が行き届き、空間の中にフォルムやプロポーションをうまく取り入れていて、建築家には珍しいタイプではないかと思います。 北川原 先ほどのご指摘のように、私は理工学部ではなかったものですから、計算して形をつくるとか、理論を積み重ねて機械的にデザインするという訓練は受けていません。直観的にものを表現するということをしていたように思います。学生時代は、建築より現代美術や現代音楽に夢中になっていました。大学院に進みましたが、海外に出たくて、2年ほどアラビア半島で都市計画のプロジェクトに関わっていました。 砂漠をはじめて体験してカルチャーショックを受けました。遊牧民は常に移動していますから、家を持たず、家財道具も持ちません。駱駝や羊、山羊といった家畜だけが財産なのです。彼らからみれば図面を描いて建物や道路や都市をつくるというようなことは意味のないことなのです。元遊牧民の現地スタッフからそう指摘されて、はたして自分たちがやっていることに意味があるのだろうかと懐疑的になってしまいました。 そのうち、モノをつくるという本能のようなものが出てきて、日本に戻ってきてからは、とにかく何かつくりたくて仕方がなかったです。アラビアのプロジェクトの上司であった人から設計の仕事をしないかと誘われて、「ナジャの家」という小さな家を設計したのです。そのとき、自分はやはりモノをつくるのが好きなのだとわかりました。
素材の組合せとフォルムに 細部まで徹底してこだわる 牛建 僕が「395」を見たとき思ったのは、この建築家は素材やフォルムの組合せに神経がいく人だということです。何よりプロポーション的に面白い。プロポーションやフォルムが内部においてよくここまで整合されてつくられているなという驚きがありました。一般的な建築家とは空間を捉えている視点がまったく違うという感じで、僕はすごく好きな作品です。 北川原 たしかに私は、プロポーションや素材の組合せには非常に神経を使います。素材と素材がどう組み合わさり、どうプロポーションを構成していくかを、注意深く見ないと納得できないのです。そういう点ではたしかにご指摘の通りなのです。ただ、ファサードが複雑な形をしているのは、デザインを先行させたというより、施主の要望に一つ一つ応えようとした結果なのです。ですから、内部と外部の空間の整合性は、微妙にバランスをとりながら、機能性にも十分に配慮してデザインしてあります。 牛建 最近手がけられた福島の「ビッグパレット」では、構造(構造体)の美しさのなかに、北川原さんの素材の選び方のようなものが見えてきます。ここにも人を驚かすようなところがあって、「こういう手法もあるんだ」というようなものを必ず入れてある。素材にしてもそうだし、フォルムにしてもそうです。 北川原 ビッグパレットはコンペでした。1等になるとは思っていなかったので、構造や設備を詰めていたわけではありませんでしたが、構造が非常に重要な部分を占めるということはわかっていました。決まってからは、いろいろな構造家の人に会って話を聞き、最終的にロンドンのオーヴ・アラップパートナーズにお願いしました。ここはエンジニアリングに徹していて、デザインには口出ししません。「オーヴ・アラップは不可能ということは言いません」というわけです。どのような要求にも応える総合的な技術力をもっているのです。私がオーヴ・アラップパートナーズに依頼したのは、構造、設備、音響、防災、光環境、風環境などのビルディングエンジニアリングでした。ミーティングにはそれぞれのエキスパートが参加して、議論をしながらその場で考え方を組み立てていくわけです。そうしたエンジニアリングの検証をもとに基本的なデザインスキームは、ほとんどロンドンのホテルで徹夜してつくりました。 牛建 ビッグパレットは水平ラインが非常にきれいに抜けていますね。 北川原 都市全体を意識していたので、垂直にシンボリックになるよりも、水平に都市を覆うように広がっていくイメージを表現したかったということがあります。そのため水平のラインをいかにつくっていくかに非常に神経を使いました。 牛建 北川原さんの考えるこれからの建築、あるいは公共施設の方向性といったことについて、何かお考えがあればお話しください。 北川原 最近、「岐阜県立森林文化アカデミー」と山梨の「木の国サイト情報館」で、金物を使わない木造建築に取り組みました。いわゆる奈良・平安時代の木組みです。これだけの規模で金物を使わない建築は世界でもはじめてで、森林文化アカデミーは、松井源吾賞や日本建築学会賞など、いくつもの賞をいただきました。 なぜ木造なのか。ひとつには環境問題があります。金物の製造で発生する二酸化炭素の量を調べると、鉄は木の100倍、アルミは500倍です。ですから金属を使わなければ、それだけ地球環境には良いわけです。しかも集成材を使わなければ、接着剤も熱エネルギーもいらない。山から切り出した木を削って使えば一番エネルギーがかからないわけです。しかも岐阜の場合は、残ってしまう大量の間伐材を利用したいという依頼がありましたから、傷んだら取り替えることを前提に、誰にでもできる木組みの方式を考案しました。 牛建 いまの時代にマッチしたエコロジー建築ですね。 北川原 エコロジーのストレートな例ですね。いままでは東京に住んでいて、都市の最先端のデザインを意識していたのですが、最近ではさらに自然のことが非常に気になっています。岐阜や山梨では、できるだけ自然に負荷をかけないものをつくりたいという意識があって、ともかくエネルギーコストのかからない公共建築をつくろうと。木造というと、最先端のイメージからは遠いように思いがちですが、私のなかでは、木造が最先端になる予感のようなものがあって、これからの方向性としても課題のひとつではないかと思っています。 一方では、都市の再生というテーマから、都市全体のインフラをどうするかという問題があります。個々の建物も大事ですが、都市全体に関わるようなことをやってみたいという漠然とした思いは抱いています。 牛建 僕の家はコンクリートの打ちっぱなしですが、最近は、自然の素材そのままの家に住みたいと思うようになりました。そのためには田舎に引っ越してもいいという気さえしています。北川原さんには、自然の素材を使った、自然に溶け込むような建築をつくっていただきたいですね。本日はありがとうございました。 関連サイト: Atsushi Kitagawara Architects
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