新施設情報

安田善次郎が死ぬまで暮らしていた、大磯・安田邸公開 6月2日
 
 
 東京から最も近い避暑地・大磯。街中には「海水浴の発祥地・大磯」と書いてある。それまで、そのような習慣がなかった日本で、初めて海水浴を行ったという記録があるそうである。大正時代には、海水浴のメッカになったのが大磯海岸だそうだ。したがって、当時の金持ちや大企業は、この大衆文化にはまって、皆こぞって大磯に別荘を作ったそうな。。今でも、多くの著名人の別荘や大磯プリンスホテルなど、戦前から続く、いわゆる「エスタブリッシュ」が現れる施設が軒を連ねている街だ。
 
 その街に、安田邸はある。
私は、「6月2日から公開」だと思っていたから、訪ねたのは6月21日だった。クソ暑い夏至の日に、わかり難い道をさんざん間違えながら、15分程歩いて行った。やっと「安田不動産・大磯寮」という看板を見つけた。門が開いていたので入り込み、無人の庭園をしばらく見ていた。その後、管理人らしい人が出てきて「公開は、6月2日だけだよ」と笑われてしまった。東京からこれを見たさに来たと言ったら、「遠路はるばる大変だったね。内緒だよ」と入れてくれた。(感謝)
 
 安田邸は、純和風の建物だ。洋風・和風を問わず、明治時代の実業家の邸宅を見るのは楽しみだ。文化を創るのは、兎に角、金がかかる。岩崎邸にしても安田邸にしても、金に糸目をつけず成金趣味丸出しで、「日本の近代文化」を創ろうという意気込みが感じられて好きだ。
 
 百姓から身を起こし、安田財閥(富士銀行=みずほ銀行・安田生命など)を作った安田善次郎。一切の寄付をしない人物だったが、晩年には、匿名を条件に、東大安田講堂や日比谷公会堂などを寄付している。まさに立志伝中の人物であり、その人が右翼の暗殺者に刺殺されたところが、ここ大磯・安田邸である。  
 
 
大磯寮の入口 唐破風平唐門
経蔵
 
庭から見た本邸 持仏堂
 
顕彰碑へ登る急勾配
 
安田善次郎の顕彰碑。
昨年まで足元に亀があることを誰も知らなかった
邸内には、驚くほど善次郎の像が多くある
 
邸内の風景
 
・旧安田邸 (http://www.oiso.or.jp/event/yasuda.html)
 

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