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■新施設情報 ニコニコトリエンナーレ2003 8月24日〜31日
ニコニコ通り商店街 東急目黒線の西小山駅にほど近いところに、「ニコニコ通り商店街」という、なんともイカサナイ商店街がある。近くに大手の量販店・スーパーができてから、斜陽化は食い止められず、商店街独自の営業テコ入れ策をやってきたが、抜本的な対策にはなっていない。 商店街の住人も、「この商店街には肉屋がない。だから、客の要望に応えられない!」というあきらめに似た意見まででてきているぐらいだ。 そんな商店街って、全国にはいっぱいある。「芸術プロデューサーを送り込んで、プロまたはプロを目指す若手アーティストを集めて、トリエンナーレ(3年ごとにやる芸術祭)をやって活性化をする。」ここまでは、某テレビ局がよく番組でやる企画だが・・・当然テレビが入るんだから、客は来る。 そして、最後に「ここまでやってあげたのだから、後はジモトの皆さんの努力次第ですよ」といって意気揚揚に引き上げていく。そして1年経たずに、もっと寂れた商店街ができあがる。。。もちろん、芸術祭の2回目はない。 へんな建築事務所 m‐SITE‐r この商店街のど真ん中に、へんな建築デザイン事務所が引っ越してきたことで、このトリエンナーレをつくる物語は始まる。 へんな1級建築事務所の名前は、「m‐SITE‐r」という。なんて読んでいいのかわからない・・「サイト」という。 m−カトウマサアキ、r−シミズリョウというという2人の若手建築設計士が始めて作った設計事務所だ。いまどきの建築設計は、CADなどというソフトを使って、コンピュータをフルに活用してやる。彼らも得意だ。 この2人、いわゆる名門ではない学校を出ている。大手事務所に属したこともない。その上、イナカモノである。 馬鹿にしているのではない。これが彼らの強みだ。 この2人は、2002年11月に、この通りに移り住んだ。1945年建築のボロ屋を買い取って、住居&事務所として大改装を行った。 「不動産屋から紹介されたとき、ピクっときた。これだなって。建物・土地買っちゃったんだもの、一生住むつもりですよ。だったら、自分に心地よい街にしたいじゃないですか。」それから半年動き回った。彼らにはイナカモノのバイタリティがあり、若者特有の物怖じしない明るさがある。 そして彼らは元からいた住民以上に街のことをよく知った新・住民になった。「ここから(普通は駅まで3〜4分)駅までに、20分くらいかかるんですよ。街の人が次から次へと話し込んでいくんです。」この街を一番よくしっているのは俺達だという自負もできていた。 ニコニコトリエンナーレ2003 そんな彼らに、面白い企画を持ち込んできた人がいた。カンバラケンゴさんは根っからの地元住民のアーティストにして野球ファン。彼は、路地裏野球をアートとして表現したいといいだし、その表現する場として、ニコニコ商店街は使えないかと相談してきた。地元民ではないが、コヤリュウヘイさんは「ニコニコ常連組合」という、なんともふさわしい企画を持ち込んだ。 それから、彼らの地元交渉が始まった。28店舗の協賛を得て、軒先だけではなく店内まで使ったトリエンナーレに25名の若手アーティストが結集した。
これらの例は、地元の方がプロデューサーをやっておられるのだそうだ。郷里への愛着がなければ成功は覚束ないのだろう。 文化資産も何もないフツウの商店街で、新住民のm‐SITE‐rの2人が何をやってみせてくれるのか、今後も大いに楽しみだ。 この街では彼らのデザイン料は一切発生していない。ボランティアだ。「自分の街をよくするのに金もらえないでしょ。でも、でも、ここでやったことをノウハウにして金儲けできるかもしれないし、絶対そうしたいですよ。」 後々、彼らは成り上がり者のしたたかかさを見せてくれるかもしれない。 関連サイト: ・ニコニコトリエンナーレ ・m‐SITE‐rのホームページ このページに掲載の内容、写真などの転用をお断りします。 Copyright 2003 TANSEISHA.co.,ltd. All right reserved. |
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