新施設情報

建築博物館開館記念展覧会「伊東忠太展」
 拡張するアーカイブ「伊東忠太展」造化の秘訣を發く
--伊東忠太関係資料解読の過程 2001年1月6日−1月30日

 
 
 平安神宮・明治神宮や大蔵集古館そして築地本願寺などの、アジア的なデザインの建築物で知られる伊東忠太(1867-1954)、東京帝国大学造家学科の大教授。建築家としても名声を博していた方であり、大正から昭和初期の建築設計業界の大立者だ。
 
 もちろん名建築家だが、この方の本質は「建築史家」としての側面が強いかもしれない。(それまで「造家学」といっていた学問に「建築学」という名前を付けたのも伊藤忠太だったはず。)雲崗石窟の再発見以降、建築の西洋化を批判し、東洋・アジアの建築に没入した方だったようである。今回の建築博物館開館記念展覧会を見て、そのような思いを強くした。
 
 氏が書き残した多くのスケッチを見ていると、魑魅魍魎オタクだったという噂が本当だったんだなぁ(笑)と思った。
 まったくそれとは関係ないが、今回の副題「造化の秘訣を發く(あばく)」という言葉は、伊東忠太の卒論『建築哲学』に実際に出てくるフレーズだそうである。確かに、建築に関わらず有名な学者の多くの方には、最高傑作論文は卒論だったという方も多い。それにしても・・明治時代の大学生は恐るべし。
 
 
左・中●建築会館正面
●建築博物館・伊東忠太展会場
 
建築家の作品展だと思っていると、とんでもない。収蔵資料の日記・野帖(フィールドノート)・はがき絵などの原資料や説明パネルが中心
 
PCプロジェクター3台による画像説明がある
 
伊東忠太は約3700作ものイラストがある。その中身は、左の画像にあるような残酷画や妖怪画などが多いようだ。この箱にはそれらが納められている
 
(左)・(中)●会場内の見学客
(右)●略歴
 
リーフレット
 
 昨今、旧正田家の取り壊しを巡る諸問題や豊郷小学校の保存に関する議論など、近代名建築の保存・再活用の議論が茶の間のニュースに飛び込んでくることも多い。人気ファッション雑誌では、タレントとしての有名建築家を特集するのが流行りになっている。それだけ、日本の建築文化・建築観も熟成が進んできているのだろうと思う。
 
 このような時期だけに素人建築オタクとしての私は、建築会館1階に、このような施設ができた事は、すなおに喜ばしいと思う。今後少しづつ拡張をして(あるいは、国営の建築博物館に昇華して)いってもらいたいと切に願っている。
 
 
関連サイト:
・社団法人 日本建築学会 (http://www.aij.or.jp/aijhomej.htm)

 

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