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The Museum Report in New York City 第9回 (2002.5) 

Whitney Museum of American Art (ホイットニー美術館)
945 Madison Avenue at 75th Street New York, NY 10021
http://www.whitney.org
 
whitneygaikan.jpg  ホイットニー・ミュージアム・オブ・アメリカン・アートはマンハッタンの中央東側に位置する現代美術館。
ホイットニー夫人がアメリカ美術の発展と振興のために1931年に創立した。5階建てで、地下はミュージマム・ショップと喫茶店、1階は主にラウンジと受付、2階〜4階の各階は企画展に当てられている。5階はエドワード・ホッパーやジョージア・オキーフなどのアメリカの現代作家の作品が常設展として展示されている。 
 
5階・常設展:Edward Hopper,「Early Sunday Morning」1930年 Georgia O'Keeffe Music-Pink and Blue II, 1919
(左):5階・常設展:Edward Hopper,「Early Sunday Morning」1930年
(右):Georgia O'Keeffe Music-Pink and Blue II, 1919

 
特に今月は2年に一度恒例のビエンナーレが開催され、(3月7日〜5月26日)113人のアーティストの作品が展示された。このビエンナーレは1981年に始まり、毎回アメリカのホットなアートシーンを来館者に提供してきた。今年は特に音楽、DVD、フィルムを使ったビデオ・インスタレーションやインターネット・アートなど新しいメディアを使った作品が多かった。
 
この展覧会は、去年のデジタル・アートを使った"ビット・ストリーム"展で話題を呼んだローレンス・リンダー氏を中心に、フィルム・ビデオを専門とする学芸員3人が企画したもの。
展覧会の内容は4階では "tribes(民族)"、3階では,"space(空間)", 2階では"being(存在・ある事)"とテーマ別。特に4階では、インターネットやテクノロジーの普及によって急速に多様化してきたクロス・カルチャーに焦点を当てていた。例えば、ルイス・ジスパートの作品(写真:右)の女性のポーズはキリスト光臨の宗教画のようだが、腕にはオリエンタルな銀のアクセサリーをし、指の形は何やらインドの神様のようだ。しかも彼女はチア・ガールの格好をしている。このように最近では民族と固有の宗教と文化は必ずしも一致しないものらしい。3階では立体作品やプロジェクトものの作品が多かった。
cheerg.jpg
ビエンナーレ・4階:
昔のチア・ガールは金髪・
碧眼のイメージだったらしいが、昨今ではラテン系やアジア系のチア・ガールも増えてきた。
Luis Gispert, 「Untitled」 (Single Floating Cheerleader) 2001年
2階では、ケン・フェインゴールドが作ったマネキンの首2体(中身はロボット)がまるで人間のように、話したり、肯いたりしていた。普通ロボットは人間の役に立つよう作られるが、このロボットたちは動かすための手も足も身体もなく、かといって人間に話かけるわけでもなく、ロボット同士で不毛な会話を延々と続けていた。
 
他にも、クリス・キュビックとアン・ウォルシュがプロの霊媒師とともに美術館で交霊会を行い、死んだアーティストたちにインタビューをした作品があった。このビエンナーレでは"A visit with Joseph Cornell (2002)"と称して、オーディオ・ガイドで亡くなった筈のコーネルとの会話が聞けるようになっていた。今まで、過去のアーティストのスタイルを真似することはあっても、死んだアーティスト自身を、再現する事は無かったように思う。そのオーディオガイドに一見コーネル本人から録音したインタビューのようで、来館者を混乱させるものだった。
 
しかも今回の展示は、ビデオ・インスタレーションが多く、会場は移動式の壁によって小さな暗室に幾つも区切られていた。来館者はちょっと大き目のカラオケボックスのような暗室に入って、5〜6分ビデオを観た後、また違うブースに入るという、鑑賞形態を余儀なくさせられた。しかも、その個室のようなプライベートな空間は、家でビデオを観ているのと、「美術館」という公のスペースで鑑賞するのと何処が違うのか?という疑問を感じさせた。また、ウェブ上でしか見れないインターネット・アートも数多くあって、美術館の役割が時代とともに変わってきているのを感じた。全体として今回のビエンナーレは、新しいアートの動向やスタイルを提示するとともに、メディアに振り回された、分裂した表現形態があちらこちらに見られたように思う。テクノロジーが発達していく21世紀にこれからのアートはどのように変化していくのか、再来年のビエンナーレに期待したい。
 
4階・タイの若き僧侶のポートレイト。CGを使った作品が大多数の中で、異色の作品。テクノ・カルチャーと昔ながらの信仰を守った暮らしの対比がみられた。今日では世界は多様化している。Chan Cho Young, 「Buddhist Monk」1997年 2階・DVDを使ったインスタレーション。人々の暮らしを写した写真をコンピューター・グラフィクスによる赤や緑の原色が塗りつぶしてゆく。タイトルの「パルス」は、人の脈拍や世間の傾向といった意味の他に、通信による音・光の波動の意味がある。これも時代を象徴した作品。 Stephen Dean, 「Still from pulse」2001年
(左):4階・タイの若き僧侶のポートレイト。CGを使った作品が大多数の中で、異色の作品。テクノ・カルチャーと昔ながらの信仰を守った暮らしの対比がみられた。今日では世界は多様化している。Chan Cho Young, 「Buddhist Monk」1997年
(右):2階・DVDを使ったインスタレーション。人々の暮らしを写した写真をコンピューター・グラフィクスによる赤や緑の原色が塗りつぶしてゆく。タイトルの「パルス」は、人の脈拍や世間の傾向といった意味の他に、通信による音・光の波動の意味がある。これも時代を象徴した作品。 Stephen Dean, 「Still from pulse」2001年
 
 
 
 
 
The Jewish Museum (ユダヤ人博物館)
1109 Fifth Avenue at 92nd Street, New York, NY 10128

http://www.jewishmuseum.org
 
ジューイッシュ・ミュージアム外観 ユダヤ人博物館は、5番街(ミュージアム・マイル)と92丁目のちょうど角に位置する。慈善家であったフェリックス・ワーバーグ氏の未亡人が住んでいた豪邸を寄贈して、1944年に博物館としてオープンした。数々のユダヤの祈祷書やセレモニーに関する銀細工、古くは紀元前の石器時代のものまであり、そのコレクションはアメリカ最大である。
 
通常1階・2階は、企画展にあてられ、3階・4階は、"Culture and Continuity: The Jewish Journey" (文化と継続:ユダヤ人の旅)と呼ばれるユダヤの歴史を綴った常設展と、子供向けの学習コーナーに別れている。今回の1階の企画展は、ナチスのイメージを扱ったアートを集めた"Mirroring Evil, Nazi Imagery/Recent Art" 展 で、ホイットニーのビエンナーレとともにニューヨークで今、話題を呼んでいる展覧会だ。作家の、Macej Toporowicsは1970年代にサド・マゾ的な信仰に利用されたナチスのイメージや、90年代にハイ・ファッシンとして現代のブランドに利用されたイメージを集めて、ビデオを作品として上映した。Zbigniew Liberaは、レゴブロックのパッケージとして、ブロックでつくった収容所と骸骨の写真をパロディとして使った。Tom Sachsも毒ガスのケースにティファニーやシャネルのロゴをいれた作品を制作。現代社会の消費文化は過去の歴史の上にあるのだという皮肉をこめているように思えた。
 
2階では、ニューヨークの1930年から今日の街並みを10年毎に写した"New York: Capital of Photography"展を新たに開催。アルフレッド・スティーグリッツやポール・ストランド、エヴァンス、ウィージーと言った大物写真家の作品が100点以上展示された。写真には、外で洗濯をしている貧しいラテン系の女性や、ハーレムの散らかった雑貨店とそのマスター、冷戦時代に、軍人に囲まれながら列車に乗っているおばあさん等が写っており、ニューヨークとその歴史が生で伝わってきた。
 
(左):2階・New York: Capital of Photography展: Margaret Bourke-White,「Untitled」(Sergei Eisenstein Having a Shave on the Terrace of Margaret Bourke-White's Studio), 1930年
(右):2階・ Lou Stoumen,「Sitting in Front of the Strand, Times Square」 1940年

 
そして、噂されていたナチスの企画展よりも良かったのが常設展。
モーゼによるエジプト脱出から、紀元前1200-960年のダヴィデ王のイェルサレム建国。その後のバビロニアやローマ帝国の支配によるディアスポラ(ユダヤ人離散, 紀元前600年)まで、どうしてユダヤ人がさまよえる民族になってしまったのか、また神殿や国家を持たずに独自の宗教やアイデンティティをどうやって保持していったのかを詳しく解説していた。彼らは神殿の代わりに、コミュニティ・レベルでシナゴーグ(教会)を設立し、モーゼの教えであるトーラーやラビ(説法師)が解釈を付け加えたタルムードなどの祈祷書を繰り返し読む事で、信仰を保っていたらしい。またサバス(金曜から土曜の祈り)やハヌカー(maccabeによるローマ帝国反乱の記念日)などの行事が、彼らのアイデンティティを保つのに役立っていたようだ。
 
ユダヤ人の伝統的な習慣であるサバス(祈祷・休息)を描いた作品。Isidor Kaufmann,「Friday Evening」 ca. 1920 年 サバスの時に用いられたランプ。Cochin, India, 20th century
(左):ユダヤ人の伝統的な習慣であるサバス(祈祷・休息)を描いた作品。
Isidor Kaufmann,「Friday Evening」 ca. 1920 年
(右):サバスの時に用いられたランプ。Cochin, India, 20th century

 
ローマ時代に破壊された2番目の寺院のイメージを復元したもの。Moses Formstecher, 「Model of the Second Templein a Bottle」Germany 1813年 ハヌカー(神殿清めの祭り)の時に使われたランプ。 Johann Adam Boller, Frankfurt, 1706-1732年
(左):ローマ時代に破壊された2番目の寺院のイメージを復元したもの。Moses Formstecher, 「Model of the Second Templein a Bottle」Germany 1813年
(右):ハヌカー(神殿清めの祭り)の時に使われたランプ。 Johann Adam Boller, Frankfurt, 1706-1732年

 
 
このようにしてユダヤ人は受入先であるドイツやスペイン、アラビアで、キリスト教やイスラム教と融和しながらも、1948年のイスラエル共和国の独立まで独自の文化を2000年以上も失わなかった。日本人にとってユダヤ人の歴史やその独特の習慣には馴染みが薄いと思うので、とても良い常設展であるように思えた。
ニューヨークは数多くのユダヤ人が住んでいる街なので、彼らを知る意味で、当館は訪れる価値のある博物館だ。

イスラエルの第1回目の独立記念日のときの様子。 Louis Goldman 「Independence Day」 Tel Aviv, 1949年5月, Printed 1958年

 
 
(2002年5月 スミ・ヒロコ)

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