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The Museum Report in New York City 第3回 (2001.8)
エル・ムゼオ・デル・バリオは、ニューヨークで増加しているプエルト・リコ人やドミニカンなどのラティーノ(中南米人)のための美術館。エル・ムゼオ・デル・バリオとはスペイン語で、「ご近所ミュージアム」を意味する。日本では各人種ごとの博物館はあまり考えられないが、さすがニューヨークは人種のるつぼ、ジューイッシュ(ユダヤ人)ミュージアムや、アフリカン・ミュージアム、インディアン・ミュージアム、アジア人や日本文化を紹介した機関、中国博物館など、各人種にそれぞれの博物館がある。
ラティーノはニューヨーク市では全体の3割、公立小学校では4割に達しているので、その文化とアートを紹介しているエル・ムゼオの役割は大きい。ニューヨークの博物館では「コミュニティ(同じ言語や習慣をともにする地域的な集団)のため」のというキャッチフレーズをよく聞くが、エル・ムゼオもその一つだ。
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 エル・ムゼオ・デル・バリオの外観。同じ建物内に私立の小・中・高校が 一緒になっていて、子供たちがよく遊びに来る。
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常設展としては“Taino Ancient Voyagers of The Caribbean”(タイーノ−古代カリブ人の冒険者たち)が開催され、12世紀頃に中南米に住んでいたタイーノ民族(インディアンの一種)の神話を来館者に伝えている。
神話によれば、4人兄弟であるカラカラコーは、勝手にヤヤ(タイーノの首長)の食料を無断で食べた罪として村を追放された。彼らは食べ物を求めて、祖父であるバイアマナーコを訪れるが拒否され、祖父は長男のデミナン・カラカラコーに、唾を吐き掛けた。するとデミナンは背中に激痛を感じ、みるみる大きな瘤ができた。他の3人が斧でその瘤を割ってみると、中からメスの亀が現れ、デミナンは両性具有になって神秘的な力を得るようになった。後にその亀と3人兄弟の間に子どもが沢山でき、タイーノの子孫が繁栄するようになったそうだ。
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 ラティーノの祖先、デミナン・カラカラコーの像。後ろに回ると背中の亀が見られる。
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ギリシャ神話を使った彫刻や絵画は山ほどあれど、タイーノ神話とそのアートを紹介しているミュージアムは珍しいのではないだろうか。常に食べ物を求めて追われるのも特徴的だが、聖母が亀というのも面白い。他にもタイーノは動物の持っている神秘的なパワーを崇拝しており、動物にまつわるマークや彫刻を幾つか残している。
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 展示室の壁/タイーノ文化では、動物のマークが 形象文字として使われた。 |
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 亀型の椅子/亀は母方を表わすものとして モチーフによく使われた。 |
他の展示室では、“Voices From Our Community”を開催している。この企画展はエル・ムゼオの10年分のコレクションを一斉に展示したもの。天井には透明なカプセル(写真右上)が吊る下がっていて、その作品に関与したアーティストや寄進者、来館者などの声が聞こえるようになっている。入り口にはその年に何が起きたかが年表になっており、アートと市民の声を通して、過去10年のエルムゼオの活動とコミュニティの歴史が辿れるようになっている。
その他、エル・ムゼオではダンスやコンサート、朗読会などが開かれイベントが盛り沢山。これらのイベントには、あらゆる人種の来館者が訪れ、隣人であるラティーノのたちの文化を理解するのに役立っている。 |
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 各セクションに透明カプセルが設置され、時代の声を聞きながら作品を鑑賞できる
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Museum of The City of New York
1220 Fifth Avenue at 103rd St. New York, NY 10029
http://www.mcny.org/
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エル・ムゼオのちょうど隣に建っているのがニューヨーク市博物館。約70年前に建設され、ニューヨーク市の歴史を保存している。警備員さんによると、生粋のニューヨーカーで、ここの場所を正確に知っている人は少ないという。逆に観光で訪れた外国人が主な来館者だそうだ。 |
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 ニューヨーク市博物館、エントランス
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ニューヨークの人口の流出入は激しく大半が外国や他州からの流れ者。数ヶ月〜数年滞在しては去っていくので、人間関係は刹那的で、生活用品や家具などはすべて一時的なもの。ニューヨークを出て行くときに捨てていくか売るかのどちらか。だから2・300年前の家具や玩具、消防器具や船を保存しているこの博物館は、ニューヨークの思い出のつまった貴重な存在である。
建物の2階・3階・5階は常設展にあてられ、16世紀にオランダから移民してきた当時の貴族風のお屋敷から、各時代の絵画、記念切手やポストカード、ブロードウェイの衣装など、ニューヨーク市の時代を反映したすべてのものが展示されている。
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 3階/各時代に流行ったおもちゃやドールハウスなどが展示。 |
地下と1階は企画展にあてられ、今回地下では、ゲイ男性6人によるグループ、Gay Men's Health Crisis (ゲイ・メンズ・ヘルス・クライシス)が過去20年に渡って戦ったエイズ史を展示。1981年にニューヨークとサン・フランシスコでゲイの男性が立て続けに亡くなり、初めてエイズが、ゲイにおこる原因不明の病気として取り沙汰されるようになった。その当時から、このグループは発足され、一人でも多くの犠牲者を救うために活動を続けてきた。ニューヨーク市では、最近、一般の若者の間にも急速にエイズが広まっていることから、エイズ防止と正確な知識の普及のために、この企画展を開催した。展示品は、実際に使われた注射バリや、ゲイ男性が自分がまだ生きている事を友人に知らせるために、病院の窓辺に置いていたクリスマス・ツリーなど、かなり具体的で、身にせまるものがあった。
 エイズ治療に携わった人たちの顔写真が、灯されている祭壇。各ランプの下のボタンを押すとそれぞれのコメントを聞くことができる。 |
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 エイズで亡くなったゲイ男性の遺品。彼はこのクリスマス・ツリーを病院の窓辺に置いて、外の友人にその生存を伝えるために毎晩明かりを灯していた。
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また、同じ地下では“People's Hall of Fame Honorees”としてニューヨーク市が過去に表彰したローカル・ヒーローを紹介。通常表彰されるのは、有名人と決まっていたが、ニューヨーク市では、もっと一般人に焦点を当てようということで、ご近所で頑張っている人たちを表彰することにした。例えば、インドから来て、女性たちの手にmendiwalli(美容と精神の安定のために書く、唐草もようのようなマーク)を描き続けている女性や、壁にスプレーで、落書きのような絵を描くストリート・アーティストなど。移民やストリートの若者を地元のヒーローとして称えているのも、いかにもニューヨークらしい。
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 ローカル・ヒーローの活躍をコンピューター・ スクリーンで紹介。彼は20年間、ニューヨークのLower East Sideで壁画を書き続けている。
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そして、1階では女性のボランティア団体である“The New York Junior League”の100年に渡る活動が写真通して展示していた。ニューヨーク市では、当時も移民ラッシュが続き、85パーセントの女性が必死に働き、家事・炊事、子育てもままならない状態だったらしい。そこで1901年に当時19歳だったMary Harrimanが、子守りをしたり料理を作ったりしてお互いの生活を助けあうよう、女性の手によるジュニア・リーグを開設した。今では、メンバーは200,000にも及び、アメリカのみならず、カナダやイギリスにも支部があるらしい。
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 女性のためのボランティア団体、ジュニア・リーグの展示。
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今回の企画展はゲイや、女性、移民など社会的に弱い立場である人たちの活躍を紹介し、支援する展示が目立った。ミュージアムを通して、市がこれらの人々をバックアップしている姿勢が見えて、とても好印象を抱いた。
(2001年8月 スミ・ヒロコ)
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