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mucking_around_london
THE BEATLES
Report32_Apr.2008

 ビートルズの故郷リバプールに日帰りで行くことになった。日本から遊びに来た友達とロンドンに留学中の友達とで、久しぶりにちょっとした旅行気分だ。リバプールに行く前に、まずはジャケット写真で有名なロンドンのアビーロードに足を運び気分を高めた。


写真1 : 2008年のロンドンのアビーロード

 ロンドンからリバプールへは電車で約3時間かかる。今年2008年、リバプールはヨーロッパ文化首都に選ばれていて様々なイベントが企画されている。その準備のせいなのかリバプールの町は至る所が工事中だった。地図を片手に通りがかりの人に道を聞くと、まず北部のアクセントに戸惑いを感じた。ロンドンでも出身によって人種によって階級(クラス)によってその人の話す言葉は違うと感じるが、リバプールで本物の北部の英語を聞く事ができ、新鮮だった。そうこうして最初の目的地、ビートルズ ストーリーという名のビートルズ博物館に到着した。残念ながら館内は撮影禁止だったが、ビートルズの歴史を振り返り、その偉大さをあらためて感じさせられた。ビートルズの人生に焦点を当てて、ビートルズの音楽とともに その時代の文化、歴史をオーディオガイド付きで体験出来るとてもわかりやすく楽しめる博物館だった。


写真2 : The BEATLES Storyの入り口サイン

 その後、ビートルズ各メンバーの生家、学校、歌詞に出てくるビートルズゆかりの場所を訪れた。Mendipsは、ジョン レノンが5歳から23歳までおばさんとおじさんと住んでいた家だ。イギリスの文化遺産に指定されている。ジョンの寝室も予約をすれば見る事が出来るらしい。ポール マッカートニーがよく遊びにきて、一緒にレコードを聴き、'Please Please Me'などの名曲を作った部屋だ。ポール マッカートニーが幼少を過ごした家はナショナルトラストに指定されている。20 Forthlin Road, Allerton に位置する。ジョンとポールは本当にご近所さんだったようだ。この家でもビートルズ初期の曲の多くが作られリハーサルが行われたという、音楽史上においてとても重要な家だそうだ。


写真3 : リンゴ スターの育った家。今は母親の友達が住んでいるらしい。

写真4 : Mendips. ジョン レノンが5歳から23歳まで住んでいた家。


写真5 : 20 Forthlin Road, Allerton ポール マッカートニーが幼少を過ごした家。

写真6 : ジョージの育った家。誰かが中でTVを見ていた。

 ジョンとポールが最初に会ったのはSt Peter's 教会の催しだった。言ってみれば地元のお祭りだ。ステージでギターを上手に弾くポールにジョンがバンド'The Quarry men'の仲間に入らないかと声をかけたのがはじまりだそうだ。彼らがよく遊んでいたその教会にあるお墓(写真7)はビートルズの名曲 'Eleanor Rigby'が生まれるきっかけになったと言われている。ガイドをしてくれた運転手さんも本当の所は定かではないと言っていたが。 その教会を訪れると初めて来る場所なのに何故かノスタルジックな気持ちになった。そこには誰もいないのに当時の情景や音が浮かんで来るから不思議なものだ。小学校も、大学も遠くない。ジョンは1957年からLiverpool College of Artに通ったが、ポールとジョージはLiverpool Instituteに通っていた。すぐそばだから学校が終わった後に即興リハーサルをするのも難しくなかったらしい。ジョンとポールがよくランチに来ていたパブの前も通った。(写真11)大学のすぐそばだからこのパブに来ていたんだろうなと思った。 運転手さんは「このデパートでポールは当時、荷物運びのドライバーのアシスタントしてたんだよ」とバイト先も教えてくれた。地元から始まった、リバプールの町に根ざしたローカルっぽさを目の当たりにし、タイムスリップした感覚すら覚えた。


写真7 : ビートルズの曲、'Eleanor Rigby'が生まれるきっかけになったといわれるお墓。

写真8 : ジョンとポールが大学時代によくランチに来ていたパブ。

 歴史に触れるのは本当に面白い。世界的によく知られた曲の原型というか、その起源、背景を垣間見ることができ本当に感慨深い。それと同時に、歌詞に出てくる場所や建物があまりにも何気ない普通の道だったり、床屋だったり、よくあるパブだったので驚いた。これがあのペニーレインかー!」と「これがストロベリーフィールズか!フォーエバーだ!!」と正直感激したし、実物を前にして素直にすごく興奮した。今回そのオリジナルに触れる事ができ、より強く親しみを感じる事が出来たというのが感想だ。ペニーレインの中でBehind the shelter in the middle of the roundaboutと歌われている建物も見た。昔はトイレだったらしいが、その後Sgt. Peppers Restaurantという名前のレストランになった。今は空家。リバプールの地を微動だにせず、時間の流れをただそこで背負ってきたそれらゆかりの場所達は、郷愁に満ちた面持ちで堂々とそこに佇んでいた。


写真9 : PENNY LANE

写真10 : ペニーレインの中でBehind the shelter in the middle of the roundaboutと歌われている建物

写真11 : ストロベリー フィールド

 かつてビートルズが数多くのライブを行った伝説の場所、Mattew streetの The Cavern Clubの入り口は当時のままで残っているわけではないが、そこには面影と哀愁が残っていた。当時のキャバーンクラブは、地下のレンガ作りの建物と汗と熱気が混じって独特の匂いが漂っていたそうで、匂いで今キャバーンクラブから出てきた事を気づかれたという話を聞いた。キャバーンクラブは食べ物を出していなかったので、ビートルズはすぐそばのパブTHE GRAPESが行きつけだったらしい。パブTHE GRAPESでパイントのビールをオーダーして、ビートルズ気分に浸っていると、お年寄りの女性が懐かしそうに店内を見回していた。もしかしたら当時を経験しているファン、ビートルマニアなのかもしれないなと想像をかき立てられた。


写真12 : Mattew streetの Cavern Club

写真13 : パブGrapesの店構え

写真14 : Grapesの店内

 リバプール空港はジョン レノン空港という名前だし、The Hard Days Night Hotelというビートルズの曲にちなんだ4つ星ホテルも2008年秋にopen予定らしい。ビートルズは今でもリバプールに強く影響を与えているし、この町の文化に大きな役割を果たしていると感じた。

 


-- ご意見ご感想があれば、お願いします。 眞島 弘樹




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