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イギリスの海賊船 : The Golden Hind
report18_Feb.2007

 ロンドンブリッジのそば(前回紹介したBorough Marketとサザークカテドラル教会のすぐ近くに)に位置するSt Mary Overie Dockに、原寸大で復元された大型帆船ガレオン船 The Golden Hind(ゴールデン・ハインド号)が据わっている。ビルとビルに挟まれて若干窮屈そうにも見えるが、どっしりと落ち着いた態度で構えているさまは、復元とは言えかつて大活躍した大型帆船の存在感を漂わせている。(写真1,2,3)


写真1

写真2

写真3

 1577年から1580年にかけて、マゼランに続いて世界史上2番目に世界一周を達成したこの排出量約100tの大型帆船の歴史は、フランシス・ドレーク(Sir Frances Drake, 1541 -1596)との歴史と言っても過言ではない。フランシス・ドレークは、16世紀のイギリス屈指の海賊、私掠船(主に地中海で奪われた財産は奪い返してもよいという政府の許可をもらった船)船長で、のちにイギリス海軍副提督になり、サーの称号を与えられた人物だ。エリザベス1世が与える特許のもとにイギリス公認で海賊行為が認められ、他国の財を多く強奪できる人に爵位が与えられるというのが当時の時代背景を物語っていると思う。

 1577年11月、フランシス・ドレークはゴールデン・ハインド号を旗艦に5隻の艦隊を率い、プリマス港から出航した。マゼラン海峡を経て、南米チリやペルーのスペイン植民地を荒らし、スペイン王の財宝を満載したカカフエゴ号をも襲い、金銀財宝を略奪したという。1580年9月に生き残ったゴールデンハインド号だけがイギリスに帰国、女王エリザヴェス1世に当時のイングランドの国家歳入より多い額の金銀財宝を献上し、国家の功労者としてsirの称号を授けられた。1588年のアルマダ海戦では艦隊副提督として、実質的なイングランド艦隊の指揮をとり、海賊お得意の焼き討ち戦法で宿敵スペイン無敵艦隊を撃破した。ちなみに、タバコは1585年にはじめてドレークが西インド諸島から持ち帰ったと言われている。

 エリザベス1世の命令により、ゴールデン・ハインド号は世界初の海洋博物館として保存され、復元された原寸大の船が今も残っている。2007年、ビルの間に挟まれながらも堂々とした佇まいを忘れない大きな帆船を目の前に歴史を振り返り、何とも言えないその重みを感じる。今では教育のためのワークショップ、イベント、ウェディング、映画・TVのロケーションなど様々な用途で使用される事を掲げている。観光名所のひとつになっていて、オペラの様な演劇が行われているのを一度見た事はあるが、中に入る人はあまり見ない。公式ウェブサイトの価格表を見るとプライベートで1時間300ポンドで貸し切れるらしい。実際の航海はできないが、かつての海賊船を乗っ取るのは豪快な気分がするかもしれない。ゴールデン・ハインド号はアメリカの個人的な買い手へ売却の準備も進んでいると言われ、イギリスにこの船を残そうという声のもとに2005年、UKチャリティーに登録され、募金活動を行っている。


写真4:Golden Hindの概要説明の看板

写真5:「チケット売り場はこちらです」の看板

reference : www.goldenhinde.org




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