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■壊されていく、近代建築・・・ 東京拘置所(葛飾区小菅1-35)建替え 田中角栄が入っていた、鈴木宗男も入っていた東京拘置所、通称コスゲカンゴク。東武伊勢崎線小菅駅のまん前の21万uを占める国内最大の監獄である。 この地は、江戸時代初期の武蔵野国の強大な代官、伊奈氏の御殿があり、伊奈氏から返納された後の徳川吉宗の時代には、将軍の直轄地、「 お鷹狩りの小菅御殿 」といわれていたらしい。 江戸後期には、防災拠点とでもいうべき籾蔵、明治2〜10年は煉瓦製造所、11年から現在に至るまで、監獄として使ってきた。近代日本の由緒正しき監獄だった。 その刑務所=監獄が、未決囚専門の拘置所機能を与えられたのは昭和20年。小菅刑務所に小菅拘置所が併設された時から。 その後、旧東京拘置所(スガモプリズン)が廃止され、昭和45年からは、名称も「 小菅拘置所 」から「 東京拘置所 」にかわった。 今の建物の一部(監視塔など)は、昭和5年に建築された。設計者は、司法省営繕部の技師・蒲原重雄。表現派(分離派)の俊才だったが、ここの建物が出来上がるのを見守るように35歳で夭折した。 表現派の建築設計者は、監獄にロマンを感じていたのかもしれない。今はもうなくなったが豊多摩監獄(後藤慶二)など名作がある。 閑話休題(それはさておき)。 この歴史・伝統のある東京拘置所も設備が古い上に、居住者の未決囚への人権配慮が足りない施設だとして、弁護士団体などから建直しを要求されていた。このため、平成16年まで建替え工事が行なわれている。 (保存運動は続いているが)コスゲカンゴクの風景といえばこれ、という中央監視台も解体されてしまうらしい。
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