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同時誕生!2つの文学館 台東区立 一葉記念館
展示内容も、旧記念館が明治29(1896)年に肺結核で亡くなるまでの24年間の短い生涯を中心としたものであったのに対し、新記念館では、甲斐国山梨郡中萩原村(現・山梨県甲府市)で生まれ、駆け落ち同然に江戸に出てきた「一葉の両親」の時代から現代における一葉作品の評価まで幅を拡大。 処女作「闇桜」原稿、推敲の跡から一葉の苦悩が忍ばれる「たけくらべ」草稿、小説の師である半井桃水宛の書簡、龍泉寺町で商売を営んだときの「仕入れ帳」等の資料や、一葉が着ていた黄八丈の着物などの遺品、一葉が住んでいたころの龍泉寺町の家並み風景の模型などを展示。 また、一葉に関する図書コーナーや収蔵品検索システムを導入するなど、一葉の生涯や作品について知ることができる資料の充実を図った。 さらに台東区では一葉記念館の改築に合わせ、隣接する一葉記念公園のリニューアルを実施。記念館、前面道路と一体的な空間がつくりだされ、「一葉が生きた時代」の下町の路地空間を現代風に再現。園内には一葉にゆかりのある草木を植栽しているほか、旧公園・記念館にあった石碑や人力車を模したベンチなどを配置している。
一葉記念館が開館したのは昭和36年5月ですが、もともとは、樋口一葉が龍泉寺町に住んでいたことを知った菊池寛が、一葉の旧居があったことを知らしめるとともに一葉の文学業績を顕彰するため記念碑の建立を提唱、それに地元が呼応して、昭和11年7月に「一葉記念碑」が建てられました。この記念碑は昭和20年3月の東京大空襲で焼失してしまいますが、龍泉寺町の人たちが「一葉協賛会」を結成し、昭和24年3月に記念碑を再建します。 その後、協賛会は昭和26年に「一葉女史たけくらべ碑」を、昭和35年には「樋口一葉旧居跡碑」を建立。そして、集大成の事業として樋口一葉の記念館の開設を計画。募金を募って用地を買収し、それを台東区に寄附して記念館の建設を要請。区では、そうした地元住民の熱意に応えるべく記念館の建設を決定しました。 それから40数年が経ち、建物の老朽化が進んだことに加え、収蔵庫の収容量など、施設的にも現在では不足している部分があることから、何年も前から改築の話がありましたが、2002年に一葉が「新五千円札の肖像」に決定したのがきっかけとなって、旧記念館を取り壊し、同じ場所に新記念館を建設することが決まりました。 旧記念館に比べ新記念館は、展示スペースが約2倍となりましたが、展示点数は旧記念館のときとそれほど変わらず、そのぶんお客様にゆったりとご覧いただけるようにしています。また、旧記念館は階段を上らなければならなかったので、車椅子の方への対応が難しかったのですが、新記念館は当然のことながらバリアフリーとなっています。 “一葉ファン”は高齢の女性の方が圧倒的に多く、一葉記念館の来館者もそうした層が多いのですが、新記念館の開館を機に、もっと子どもたちが来たくなるような館にしていきたいと考えています。いま館にお越しになられている方々は、みな少年少女時代に一葉作品に触れた経験があり、結婚して子どもが産まれ、そしてなんらかのきっかけでまた一葉に触れて、この館のファンになられるというのがほとんどです。 待っているだけではダメなので、来年を準備期間に再来年からは学芸員による出張授業を、希望する区内の小中学校で行っていこうと考えています。また校外学習などについても、積極的に対応していきたい。これだけでは、まだ十分ではないでしょうが、そうしたことを行っていくだけでも、「たけくらべ」の舞台となった“竜泉の地”に、この館がある意義があると思います。 データ 2006年12月
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