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■ Design対談 デザインが生まれる現場から(株)ドーンデザイン研究所 主宰 水戸岡 鋭治 氏 氏 IST(INTERSPACE TIME)代表 牛建 務氏 顧客の想いを翻訳・通訳して、 色、形、素材、使い勝手に 置き換えていくことが 「デザイン」だと思います デザインという仕事への
水戸岡 いろいろな偶然が重なっています。東京に出てきて最初はデザインの仕事がなかったので、とりあえず得意な絵を描いて生活しようということでパース描きの仕事をしていました。1980年代の東京はマンションブームで、完成予想図やプレゼンテーション用の絵を描く仕事がたくさんありました。しかし、このままでは、ただの「パース屋さん」で終わってしまうかもしれないし、それでは寂しいなと思いました。そこで、何か本を出そうということで、まずパースの本を出しました。不思議なもので、日本では本を出すと急に「先生」という扱いになる。 そうこうしているうちに、その本を見た当時の福岡地所(株)の藤賢一さんから「海の中道にホテルをつくりたいと思っているが、ついては君の絵が必要だ」というご連絡をいただきました。そこで現地に行ってみたところ非常に素晴らしい場所で、藤さんに「ここなら絶対成功しますよ」と言い、そのホテル立ち上げの手伝いを始めることになりました。その時、藤さんに「本当はパースではなくデザインをやりたいと思っている」というお話をしたら、「それならやればいいだろう」と言っていただき、デザインもすることになり、フィニッシュの部分の仕事である色彩、グラフィック、テキスタイル、サイン、それからホテルで使うグッズなどのデザインさせてもらいました。デザインでは素人の私にそういう仕事をさせてくれたわけで感激しました。 牛建 本を出版したことで、チャンスが広がったということですね。 水戸岡 ええ。ホテルができあがり、完成パーティにいろいろな人が見えました。その中にJR九州の社長もいらっしゃり、そのホテルの横を走るリゾート列車をつくりたいという話になりました。そこで、藤さんが、こちらから列車のデザインをJR九州に提案しようと言い出したのです。そこでJR九州の古い列車の外側を直し、中のデザインはすべて新しくするということで取り組みました。鉄道の車両については、それこそまったくの素人なわけですから、小倉にあるJR九州の工場に行って現場で一から教えてもらいながらデザインをしました。そして、その列車が走ったら評判になり、JR九州の仕事が本格的に始まったのです。 牛建 『ピュアな精神』というのはすごいですね。僕らは仕事というとすぐ、いくらという計算をしてしまいますが、水戸岡さんはそういう雑念がなくデザインという仕事への純粋な情熱があったから、そういうチャンスが巡ってきたのだと思います。 水戸岡 九州は車社会ですから、鉄道会社は知恵を使わないといけない。ですからJR九州の石原社長は、私以上に、デザインに情熱があり、クリエイティブです。前述の藤さんもそうです。目先の商売より、遠い先のことを考えてものをつくっていく人たちです。いいものでなければ本当の商売にはならないということが、わかっているのですね。
携帯電話は持っていない 牛建 しかし、面白い経歴ですね。そういう経歴でデザイナーになった人というのは、これまで聞いたことがありません。ところで、栗原さんの藁塾にはどういう関係で参加されているのですか。 水戸岡 デザイン誌『AXIS』の編集長で、東京・六本木の「AXISギャラリー」の館長もされている林英次さんのご紹介です。実は、私が工業デザイナーとして仕事ができるようになったのは林さんのおかげなのです。AXISができるときに、僕はパース屋としてビルの断面図を描きました。各店舗、各フロア、さらに全商品も寸法を測って一つひとつ描きました。ものすごい数でしたが、それでカタログをつくりました。林さんとはそれ以来のお付き合いです。JR九州の仕事を始めることになったとき、工業デザインはわからないので不安だということを林さんにお話したら、「大丈夫だよ。やり方を教えるから」と言って、その後月に1回くらいAXISで「授業」をしてくれました。いつも急に来いと呼ばれるのです。いますぐ来ないとだめだというので、仕事を置いて飛んで行ったものです。その意味で、私にとってデザインの師匠と言えるのは林さんだけですね。 牛建 経歴ということでは、僕は水戸岡さんと正反対です。会社に入ってデザインをやらされていましたが、パースもやっていました。僕も絵が得意だったのでパースをやると、みんなが「うまい、うまい」と言ってくれる。それで調子に乗って、パースを専門にやろうかと考えたこともあります。人に会うのが嫌いで、パースだと会社に行かなくても十分食って行けそうだと考えたりしました。ところで、水戸岡さんも、小さいころから絵がうまかったわけですね。 水戸岡 絵と運動しかできない子供でした。勉強は大嫌いでした。 牛建 運動も得意だったのですか。絵がうまい人は、体育系の苦手な人が多いですけどね(笑)。 水戸岡 でもデザインは体力ですよ。現場に行ったらものすごく歩くし、ビルの中なら10階の高さを日に何度も往復することがある。それができないと現場とは付き合えませんよ。
水戸岡 私は、免許はもっていますがほとんど運転しません。ついでにいえば携帯電話を持っていないし、コンピュータも使えない。ですから出張したらほとんど連絡はしません。 牛建 いまは携帯電話を持っていないと、お客さんからクレームが出ませんか。 水戸岡 そんなお客さんは敬遠します(笑)。それに携帯電話を持っていなくても、それほど困ることはありません。本当に重要なことが起きたら、どこかでつかまえられるものです。携帯電話があると、逆にどうでもいいようなことが次々と掛かってくる。 牛建 確かに、携帯電話やコンピュータでいろいろ時間をとられているから忙しくなっているという側面はありますね。もっとシンプルに仕事をやれるはずなのに。 水戸岡 昔は歩いて行って、何日か泊まって話し合いをして、帰ってくる。そういうことで仕事をしていたわけでしょう。僕はそういうのが好きですね。だから、なるべくいろいろなところに出かけて行きます。
デザインは一つ。 牛建 お話をうかがっていると、水戸岡さんは根っからの芸術家という気がします。 水戸岡 いえ、私は芸術家ではなく、常にデザイナーであろうと考えています。仕事にあたっては、まず事務所全員でコンセプトを考えます。何のためにどうするのかということをしっかりと言葉にする。それから顧客のことを考える。さらにコストパフォーマンスを考える。自分がしたいことは二の次、三の次にしようと思っています。そうしないと道具としては失敗します。まず道具として完成させておいて、その後で私に能力があり予算に余裕があれば芸術というレベルまでいけるかもしれないけど、最初からアートとか芸術を追いかけるのはナンセンスだと思っています。 牛建 車両のデザインについて、今後どうなっていくべきだとお考えですか。 水戸岡 車両は安全性とスピードはある程度のレベルを確保したけれど、人を運ぶとか、人を寛がせるという分野への取組みは始まったばかりです。これから一流の乗用車に負けないようなもの、あるいはそれ以上のものをつくっていく必要があります。もともと鉄道は、トイレに行けるとか、車内を移動できるとか、乗用車にはない特性をもっています。それを積極的に採り入れて、豊かな移動空間にしていくにはどうしたらいいか。乗用車でも床に木を張るというような試みを行っていますが、量産体制ではなかなかできない。しかし、電車の場合は手づくりですから、自然の素材を使うなど、もっと手間ひまのかかることをやってもいいのではないかと思います。 牛建 いまは実に多様な分野のデザインを手掛けられていますが、そのことについてはどのように考えておられますか。 水戸岡 日本ではグラフィックとか、インダストリアルといって、デザインを縦に割って考えます。しかし、僕はデザインを一つのものと捉えています。デザインというものがあって、その中でいろいろな分野が横に並んでいる。ですから、それは全部つながっていると考えていて、インダストリアルデザインとかプロダクトデザインということは意識していません。 牛建 ものをつくる基本や精神というものを、知らず知らずに学んでいたということですね。それから、お話をうかがっていて、絵を描くというところから始まっている水戸岡さんのデザインワークは、普通のデザイナーとは大きく違うという気がします。 水戸岡 絵を描くことで自分の脳が動く、描かないと動かないという感じですね。絵によるコミュニケーション「絵詞(えことば)」が子供のころのコミュニケーションでした。大人になると絵詞だけでは済まなくて、話し言葉や活字が加わってくる。それが進むと、活字がないと生きていけなくなるという厄介さがついてくることになります。いまはそのあたりで、難しいところに来ているなという気がします。
デザイナーにとって 牛建 水戸岡さんがデザインされた九州新幹線800系の形に非常に興味があるのですが、あれはどのようにして生まれたのですか。 水戸岡 実は、新幹線の700系車両のときに、2つのデザイン案があって、最終的に「カモノハシ」案に決まったという経緯があります。JR九州では「カモノハシ」ではないものにしたいということで、もう一つの案をリデザインして800系ができたのです。 牛建 鉄道の車両のデザインというのは、たとえばトンネルで気圧が変わるので、それをどういうふうに逃がすのかということも考えてデザインしないといけないわけですよね。 水戸岡 いまはトンネルの技術が上がっていて、列車が入るとトンネルの先で空気が抜けるようになっています。だから、車両だけで空気抵抗のことを考えなくていいようになっています。僕らの車両はそういう考えでデザインされています。トンネルの機能がアップしたこともあって、こういうデザインができたということです。もちろん、もっとスピードアップするようになれば、違ったデザインが必要になると思います。 本当は車両全部を円筒形につくればいいのですが、コストの関係もあり先頭車両だけがあのような形で、後の車両は箱形になっています。ですから、先頭車両と後ろの四角い車両とをつなぐ部分のデザインが難しいですね。私たちがいろいろ議論したものと、専門家の風洞実験の結果を、何回もキャッチボールして、その中からできあがってくるという感じです。 牛建 私は、水戸岡さんがどこかに大きな工房をもっていて、模型で実験をしながら車両のデザインをしているのかなと思っていました。 水戸岡 そういうことはありませんが、JR九州は工房で実験するのに近い感覚でつくっています。実は、JR九州の800系新幹線は30両しかありません。30両ではオリジナルをつくる予算はありません。ですから、車両メーカーも実験ということで取り組んでいます。僕らがいろいろ提案したことを実験して、そこで開発したソフトを外国に売ったりしています。ですからJR九州の車両デザインは、常に新しいものでないといけないと思っています。新幹線以外の特急「かもめ」や「ソニック」でもそうでした。 牛建 それは素晴らしいことですね。
人と会って話しているとエネルギーが出てきて、皆に予感というか何か楽しそうなステージが見えてくることがあります。そういうものが見えたときは、いいものができます。そこまで皆でコミュニケーションするというのがデザインだと思います。デザインというのは図面やスケッチを描くということではなく、イマジネーションを共有する作業です。 牛建 そういうことはありますね。話を聞いているだけで、これは面白そうだと瞬間的に思えることに出会うことがあるし、デザインする前に決まっているという感覚を持つ場合があります。その反対に、企画は面白くても話しているうちにこういう人たちとは一緒に仕事はできないなという気持ちを抱いてしまう場合もありますね。 水戸岡 そういう意味では、私はいい人たちに出会っていると思います。 牛建 誰かリーダーシップをとれる人がいると物事は早く進みますし、そういう人がロマンとか理念を持っていると、僕らデザイナーはワクワクしてきますね。 水戸岡 そうですね。やってやろうという気になるし、なるべく難しいことを選んでやってやろうという気持ちになります。僕は、二つ選択肢があったら難しいほうを選ぶようにと心掛けています。難しいほうを選んでもやれることは限られていますが、それでもやさしいほうを選んだ場合よりレベルの高いものができると信じています。
デザインはバランス。 牛建 僕はデザイナーグループとの付き合いをなるべく避けているのですが、水戸岡さんもあまりそういうところに入っていませんね。 水戸岡 私はデザイナーの団体には入っていないし、マスコミの取材もお付き合いで仕方がない時以外は出ないようにしています。「写真のアングル」のために作品をつくりたくないのです。写真のアングルのためにつくると、結局、変なものになります。 牛建 性格的なことがあるのでしょうが、僕もそういうのが好きではない。団体に入り、マスコミにいつも登場して発言していると、トレンドをつくっているということで注目を集めるかもしれないけど、本質的なこと、正しいことは別なところにあるのではないかといつも考えてしまいます。
こういうことを言うと、みなさん驚かれるのですが、私は自分の思いを表現したいということがないのです。最近、特にそうですね。「私はこれをつくりたい」ということがなくて「みんなが何をつくりたいか」ということに興味があります。ですから、いろいろと取材するのが好きです。人と話をしたり、新聞や雑誌を読んだりすることも取材です。そこで取材したものを、自分なりに翻訳・通訳して、色、形、素材、使い勝手に置き換えていく。それが私のデザイン作業だと思います。遠目にはミーハーで、近目にはプロフェッショナルという道具をつくりたいですね。遠くから見ると「えっ」と思うようなものだけど、近くでよく見るとこんなにしっかりデザインしているのかというのが私は好きです。ソニックはそういうデザインになっています。一見すると派手でバカなことをしているが、近くで見るとよくできている。そのために全部オリジナルの部品をつくりました。ああいうものは、もう二度とつくれないのではないかと思います。 牛建 水戸岡さんとは反対かもしれませんが、僕は、デザインは全部自分のためにやっていると思っています。自分がその施設を使うのであればどうかということに置き換えて考える。ホテルのバーは自分がそのホテルに行った場合に、自分がそこで飲みたいということでデザインしているわけです。 水戸岡 それは誰にもあると思います。先ほどの話でも翻訳・通訳するのは、結局自分の目ですからね。最後は自分が一番心地いいものを考えることになる。しかし、それをできるだけ客観的に見たいという意識があります。特に公共の乗り物をデザインする場合、いかに冷静な目で外側から自分を見つめるかという課題があります。できたものは普遍性を持ち、皆にいつまでも使ってもらえるものでなければならないわけです。 牛建 いろいろなジャンルの仕事を自分なりの尺度で分析され、こだわりを持ち続けながら追求されている姿勢に感銘を受けました。また、子供に夢を与えられる仕事もされているのが羨ましい限りです。本日はどうもありがとうございました。
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