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市川市東山魁夷記念館
地下1階地上2階建の建物は、画伯の人間形成、そして東山芸術の方向性に影響を与えた「留学の地・ドイツ」に想を得た八角形の尖塔のある西洋風の外観が特徴で、エントランスは八角形の塔の下に設けられ、エントランスホール右手が展示室棟で、『人間・東山魁夷』をコンセプトに、1階展示室に画伯の人生を辿る資料を展示し、2階展示室には東山作品と会する展示空間が広がる。 またエントランス左手には、映像資料を上映するほか講演会などに活用する多目的室や、オリジナルグッズや絵葉書、図録などを販売するミュージアムショップ、窓から光と緑が差し込む開放的な空間の中で軽食や喫茶が楽しめるカフェレストランを配している。 年間入館者数は10万人を目標としているが、開館記念特別展「東山魁夷の軌跡」が開催された05年11月12日〜06年1月15日の49日間で約1万6000人が来館。来館者は、市川市内からが約40%、市川市以外の千葉県内からが約40%を占め、千葉県外からの来館は約20%だが北海道から九州まで日本全国に広がっている。 同館では、作品展示のみならず資料展示についても定期的に展示替えを行い、常に新しい情報を発信していくことで記念館のファンの拡大を図っていきたい考えである。
1945(昭和20)年に熊本で終戦を迎えた東山魁夷先生は、市川市高石神に仮寓し制作を再開され、以来、1999(平成11)年にお亡くなりになられるまでの50余年、市川にお住まいになられました。
東山先生といえば、それこそ日本人なら誰もが知る国民的な画家です。しかし、その方を顕彰する施設が、その生涯の大半を過ごした土地にないのはいかがなものかという話は、市川市でも以前からありました。 そうしたなか、美術学校で同窓であった建築家・吉村順三氏の設計により1953(昭和28)年に建てられた現在の東山先生の御自宅の近くに土地が購入できることになったことから、施設の建設について具体的に動き出したのです。 市では、東山先生の奥様をはじめ、先生をよく知る方をメンバーとするアドバイザー会議を設け、東山先生を顕彰していくためにはどういう施設がいいかという話し合いを重ねました。 当初は、美術館という案もありましたが、すでに長野県信濃美術館に東山魁夷館があり、東山先生の作品の多くは同館に収蔵され、展示されています。 そうしたこともあり、“東山先生ゆかりの地”である市川ならではの施設として、作品の展示だけではなく、画家であると同時に、文筆家でもあった東山先生の人物像そのものに触れ、合わせて、その芸術にも触れられる施設をつくれないかという話になりました。 そこで「記念館」という方向性が明確に打ち出され、今回の市川市東山魁夷記念館の開設となったわけですが、将来的には東山先生の御自宅を譲り受けて「資料館」にするという覚書を市と東山家の間で結んでいます。 記念館の展示室は現在、1階展示室を資料展示、2階展示室を作品展示としています。資料展示というと、どうしても常設になりがちですが、当館では作品展示だけでなく資料展示についても、テーマを設定して展示を変えていきたいと考えています。 開館してまだ2か月ほどですが、東山先生のファンの広がりには改めて驚きました。 東山先生が書かれた原稿や手紙など「ここでしか見られない物」を見ることができるということで、北海道や九州から、お越しになられる方も少なくありません。 また、先生の代表作のひとつである「道」という作品は、青森県八戸市の種差海岸を描いた絵なのですが、ついでではなく、その絵を見るために八戸からお越しになられる方もいらっしゃいます。 その意味で、奥様をはじめ東山家には、資料の提供をはじめとして、さまざまな面でご協力いただいており、非常に感謝しております。 なるべく多くの人に、多くのところから来ていただきたいと考えていますが、そのためにも今後ますます、展示企画の充実を図るとともに、講演会や演奏会などのイベントなどについても企画していきたいと考えています。 データ 2006年4月現在
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