コラム * tannet flash
雑考ノート
高橋 哲

スーパー・スプレッダー



  スプレッダーは主に広げる人、流布する人の意。バター・スプレッダーだとバターナイフのこと。バターナイフのデザインも随分多様化した。
 「重症急性呼吸器症候群」(SARS)関連の報道によれば、極端に多くの人に感染を広げる人を、こう呼ぶらしい。感染経路の調査によると、北京で死亡した男性(72)は3月初旬に香港を訪れ、院内感染が広がった病院に勤める親類からSARSに感染。北京に戻る飛行機内で中国の公務員や香港人旅行者、台湾人ら乗客 人に感染させた。男性は戻った後3ヶ所の病院で治療を受け、更に院内感染を広げたという。機内で感染した客室乗務員が自宅のある内モンゴル自治区で、公務員はその後バンコクに出張して機内でも当地でもこれまた広げ、こういった感染力の強いスーパー・スプレッダー数人が各地各国で一気に広めたようだ。当人達は何ら気付かぬままなのだから恐ろしい。
 
 WHOのまとめによれば、現在患者数が約8,000人、死者数が約600人、推計死亡率は14〜15%にのぼると予測している。僅か二ヶ月間たらずで。
 仮に、SARSウイルスが変異して更に悪玉になり、しかも感染者が皆スーパー・スプレッダーになってしまうとする。単純計算だが、一人が一週間に20人に感染させると二ヶ月弱で世界の人口(約63億人)に達してしまう。
 
 7月中旬、最初の発症者は小学生で、通う学校の全員に感染し、子供達や教員の家族に、家族が地域や職場に、職場から家族や学校に、一方では校長や教師の全国大会があったりして全国の学校に感染を広げ、夏休みには家族で旅行にも行き、早い段階で医療機関や行政機関にも感染して用を成さず…なんてことになったら、絵空事っぽいが全く可能性が無いわけでもないだろう。
 
 HIV、BSE、炭素菌、エボラ出血熱、何だって化け得るし、一人で何百人にも感染させてしまう“ウルトラ・スプレッダー”も登場しかねない。
 フセイン政権崩壊後のイラクでも、窃盗のスーパー・スプレッダーが一気に略奪横行都市を現出し、駐留軍兵士や報道関係者までもが迷走する。
 ヒタヒタ、ドドッと広がるコンピュター・ウイルスも、メールやネットオタクまたITビジネス盲進者がスーパー・スプレッダーとなっての凄まじさ。当人達は無自覚だったり、事後の祭だったりするから始末が悪い。
 
 ではストッキングの伝染?は。一つの小さな引っ掻きキズがツーッと線状に裂け、やがて全体がダレダレになる羞恥の伝染。多くの日本人女性にとって、羞恥の対象は同性に向かう。その伝染はとてもはしたない事らしく、すぐに穿き替えなければ全人格を疑われる程の脅威にもなるようだ。背景にはメーカーの策謀があるし、今さら止められない基礎化粧的側面が強い。そんなに気にしなくていいじゃないか、生脚でいいじゃないか、僕らは好きだ。古今、故意に伝染させたり破いたりして穿く勝負系の女性や、うしろ姿効果に無頓着な女性がいる。むらむら感染力の強い彼女達はスーパー・スプレッダーと言えなくも無い。
 
 このように小さな発端から連鎖・乗々倍する因子を介して予想もしない大きな状態の変化へと導く話がある。
 古くは「風が吹けば桶屋が儲かる」の話。強風で土埃が眼に入る。眼を患い“角付”でもしようということになり、三味線が売れる。三味線の胴には猫皮を使うから、猫が減って鼠が増える。鼠が増えれば、桶をかじって穴を開けるから、桶屋が儲かるというもの。江戸時代のなぞかけ的な洒落、もしくは嘘八百のストーリーテラーの余興だったのだろうが、今ならまことしやか。
 
 「猛暑の翌年は景気が上向く」等が類例。猛暑の年は杉の木がよく育ち、翌年は花粉を多く撒き散らす。すると花粉症患者が増え、薬の消費・医療支出が伸び、あとは製薬会社や流通やらと景気浮揚効果が現れるというもの。因みに山間部から都市部に吹く風がスーパー・スプレッダー。
 
「北京の蝶の羽ばたきが、一ヵ月後のニューヨークにトルネードを起こす。」といったカオス理論で語られるバタフライ効果の話は、より総体・相対的で、どんな因果もおかしく、さもありなんと納得してしまう。
 誰もが小さな発端を生み出し、知らずスーパー・スプレッダーになる毎日は、運命を託しあって生きていることに他ならない。
 
(たかはし さとし/(株)丹青IDS プランニング&プロデュース・ディビジョン 企画部 チーフプランナー)

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