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連載 *
エンタメ日記 第13回
鈴木 重美

自称タワー評論家とこのコラムで書きましたら、
なんとラジオ出演を果たしてしまいました。
ある日、会社の代表に「タワー評論家の方は?」と電話があったようです。
名パーソナリテイ吉田照美さん(文化放送)の朝の番組に生出演。
15分程の出演でしたが、新東京タワーについての熱き想いを語って参りました。
私以外には施主の東武鉄道の方、地元の新東京タワー誘致の方々がご出演されたなか、
思いっきり弊社のアピールをして参りました。今後、益々活動を本格的にしていく所存です(笑)

 「沖縄発 ニューヨーク行き」

 さて今年も残すところあとわずか、思えば2007年もいろんな場所に出かけたものです。エンタメ日記2007年最後を飾るのは「行く空、来る空」です。若い頃海が好きだった人が年をとり、山が好きになるというパターンって結構多いそうです。私も若い頃は「海」一辺倒でしたが、最近「空」が海に加わりました。理由はタワー好きの影響もあるようです。タワーや塔を見上げると必然的に空が目に入りますからね。そんなわけで今年のエンタメ日記は「行く空、来る空」というタイトルを付けてみました。

沖縄はまた行きたい気持ちにさせてくれる。日本の中のパラダイスです
沖縄はまた行きたい気持ちにさせてくれる。日本の中のパラダイスです

 07年元旦には沖縄の空を堪能して参りました。沖縄は初めての渡島でした。実は少しだけ高をくくっていた気持ちがありました。「沖縄、日本の一部じゃない?」的な、行ってもいないのに「沖縄なんて」という感覚がありましたが、思いっきり反省です。こんなにいい場所だったとは正直思いませんでした。移住したい人が多いというのもうなずけます。沖縄の空はまたこの島に帰って来たいという一種の郷愁を心に起こさせます。沖縄の空は「群青色」です。英語のコバルトブルーとはちょっとニュアンスが違うようにも感じます。これはきっと沖縄がもつ、悲しい歴史が影響しているような気がします。「歴史の狭間のなかで翻弄されながらも、そこには美しい海と空がある」これが沖縄の本質ではないでしょうか?

 ちょっとかっこよくいわせていただけるなら世界の島を巡ってきて、やっと沖縄に出合えたという気持ちすらあります。それほど沖縄の海、空には感動しました。

 その直後にニューヨークに出向きました。ニューヨークの空にはもちろん摩天楼があります。01年の8月にニューヨークに行き、翌月9・11があり、ニューヨークの空は一変しました。常にそこにあるものが一瞬にして失われた喪失感といったらありませんでした。ニューヨーカーのみならず沢山の人が失意のもとから這い上がり、また空を見上げることをはじめています。ワールドトレードセンターはなくなりましたが、ニューヨークには摩天楼があります。私は9・11直後の喪失感を少なからず救ったのは、この摩天楼の存在ではなかったか? と思えるのです。ニューヨークの絶望感に光明を与えたのは空を見上げた時に見えた、この摩天楼だったと私は思っています。すでに6年の歳月が経っていますが、ニューヨークの空はどこか哀しい色をしています。しかし摩天楼がその寂しさを和らげてくれます。

 今回のベストショットは夕焼けに照らし出されたエンパイヤステートビルの雄姿でした。その瞬間、魂が震えました。毎年訪れるニューヨークですが、行くたびに深さが増していく、そんな街の魅力がこの町と見上げる空にはあります。

ニューヨークの空は狭い。だけど、決して見劣りしない
ニューヨークの空は狭い。だけど、決して見劣りしない

 
 パリ トランジット リヨン

 2月はパリの空です。ニューヨークや東京、ミラノ、ベルリン、他の街と比較されますが、パリは圧倒的にパリです。当たり前ですが、パリはパリ以外の何物でもないような気がします。

 そしてパリの空はなんといっても、エッフェルタワーがそびえています。冬のパリの空はどんよりグレーな重さがあります。その暗くなりがちな空をエッフェルタワーの美しさが補色するのです。かつて建設当時には醜い鉄の塊と称されたタワーは、今やパリになくてはならない景色になりました。

 そういえば過去にこの塔を所有した人物がただ1人います、誰だかおわかりになりますか?パリを占領したアドルフ・ヒトラーです。彼はこのタワーにはずいぶん執心だった様子で、レジスタンスによって破壊されたエレベーターを使用せず、徒歩で展望台に登り、手中に収めたパリを見下ろしたそうです。多くの街を破壊し、占領したヒトラーはこのタワーを破壊ではなく、他の美術品同様、略奪としました。本意はもちろんわかりませんが、ヒトラーの審美眼からもタワーは美しく思えたのではないでしょうか?もし醜悪に映っていたら、間違いなく躊躇せず倒壊させたでしょう。一度はヒトラーに奪われた世界一の美しいタワーは、汚させることなくパリ市民の手に戻りました。

 パリの景色と書きましたが、仮にこのタワーが失われていたらパリの空の色はどうなっていたのでしょうか?想像すると怖いですね。エッフェルタワーとパリが織り成す景色は、世界中の人々を魅了し続けていくはずです。パリから移動したリヨンの空は雪の空でした。パリ、リヨンとひたすらテーマが美食でしたので、気がつくとお腹がいっぱいになり苦しくて空を見上げていました。パリは大都市ですが、リヨンは比較的コンパクトな都市です。中央にある公園を見上げると、サン・デグジュぺリの「星の王子様」が微笑んでいます。

リヨンは丘から市内が見渡せる、そんな小さな街です
リヨンは丘から市内が見渡せる、そんな小さな街です

 
 ハワイ経由バリ

 3月のハワイの空は、真っ青な色をしていました。行き着けの小さなBed&Breakfastではなく、今回はタワーホテルに泊まり、オアフの空を満喫しました。ハワイのよさはなんといっても、ピースな風とメローな空気です。「まるで日本のようだ!」という方も少数おりますが、私はやはりハワイ特有の「気楽さ」は他の海外にはない魅力のひとつだと思います。

 大勢での旅行でしたので、もっぱら添乗員に徹しました。ハワイ島へ飛ぶ人、オアフで買い物に走る人、私は日本散歩の会を代表して毎日の散歩を楽しみました。朝焼けの空、夕焼けの空は最高の時間を楽しみました。

 9月はバリに久しぶりに行きました。バリは正直飽きていました。観光地化する前のバリを知る1人として、最近のバリは通俗的に思え、しばらく足が遠のいていたのです。

 これもまったくの誤りでした。次々とできる素晴らしいホテルが、世界中のアイランド・トリッパー達に足を向けさせているようです。思えば観光客の入る前のバリの素晴らしさが、そのままその後のバリの開発から足を遠ざけ、その後、飛行機の就航していないサムイ島をはじめとしてピピ島、フィジー島、タヒチ島、ハワイ島、カウアイ島とバリの残像を探す旅を続けた気がします。今バリは新たしいリゾートの姿を見せてくれはじめています。バリの燃えるような海に落ちる太陽は、神に捧げる炎のように感じられました。


バリの海は人が見事にいない。ひたすら青い海と白い砂浜が続いています

 こうして海外を中心に空ばかり話すと、「もっと国内の空もありだろう」という御叱りを受けそうですが、国内の空の魅力を書き出すと、当然紙面が足りません。編集長に御願いして、別冊エンタメ日記を企画していただかなくてはなりません。

 さて08年は、どんな空を巡る旅が待っているのでしょう。アル・ゴアに手紙を書いたので、もし会ってくれればワシントンの空に出会えるかもしれません。友達がパリコレに出るので、またパリの空にも再会できそうです。さらに西の都、京の空は最近とっても身近な空になりました。07年は結構、京都通いを致しましたが、08年は京都をベースに平城の都、奈良や滋賀の辺りの空を見上げたいと計画しています。私の座右の銘は、「旅は人生の道標、空は人生の心標」です。巷では「ジェットセッター」(ジェット機で世界を周る旅人)が流行っていますが、私はさしずめ、「クラウド(雲)セッターです」。空を見上げるだけでどこでも旅に出ることができます。

 街で暮らしていると、時よりたまらなく旅に出たい衝動にかられます。しかし、旅に出なくても気分次第ではトリップすることができます。見晴らしのいい公園のベンチや座り心地のいい椅子に座って自宅の窓から眺める夕焼け空は最高のトリップスポットです。みなさんもぜひ、身近な空の旅を満喫してください。そんな感じで2007年、「行く空、来る空」をお届けしました。

 

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