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私がタワー評論家を目指したのは小学校4年の時、家族で旅行した大阪万博で初めて太陽の塔を見た時からです。その時の衝撃は今でも鮮明に覚えております。私の中で何かが爆発しました。まさに岡本太郎先生が太陽の化身として降臨した瞬間でした。それ以来私の中でタワー、塔に対しての漠然とした憧れが芽生えました。それ以来40年近く私の人生はタワーと共にありました。過去訪れたタワー、塔は70を超えたでしょうか?まあ、正確にはタワーのために旅行をするとは言いませんが、どこへ行っても近くにタワーはないかな?塔は?と調べることは欠かしたことはありません。
さて、そのタワーですが、レギュレーションを巡っては各評論家の意見が分かれるところです。日本全国の全てのタワーの走破を目指すタワーファンタジア氏はそのホームページでタワーの定義をこう記しています。定義の重要点に展望台の有無を掲げています。つまりランドマークタワーやサンシャイン60のような実利的高層建築物(これも同氏の表現)は展望台があっても微笑ましくないと言い切っているのです。
観光のための展望室を持つ高塔であること。展望台ではだめと、オフィシャルしているのが素晴らしく感銘を受けます。私はと言えば、特に定義を設けることもなく、ただ私にとってタワーとは「美しいこと」が以上です。
そこからエネルギーがほとばしっていればいいのです。昇れなくてもかまわない。美しく私を惑わせる存在がタワーなのでした。ビルだろうが、塔だろうか、鐘塔でも、実利的だろうがかまわない。「美こそがタワーの意義」であり、一見無駄なものを作り上げる人類に私は魅了されるというのが私の唯一の定義です。
太陽の塔に魅せられて以来、パリのエッフェル(1889年建設/312・3m)に魂を売り、カナダのトロントにあるCNタワー(Canadian National
Tower、1976年建設/553・33m、現段階での世界最高の地上建築物でもある)の美しさに真理を求め、東寺の五重塔(794年建設/54・84m、現存する日本最古の古塔)に何度も通ってしまうのです。恐らくこれからも私のタワーを巡る旅は続くことでしょう。

太陽の塔は2010年の万博40周年に向け、御色直しの予定。その前に最後の内覧があり、早速行って来ました。37年ぶりに見た太陽の塔の中はまるでタイムマシンのようでした。新しく生まれ変わる太陽に乞う御期待!(写真は万国公園で買ったポストカード) |
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