tansei.net
季刊誌 tansei.net新施設情報近代建築海外情報感動マーケティング更新履歴

HOME > tansei.net26号 > コラム > エンタメ日記 > 第11回

連載 *
エンタメ日記 第11回
鈴木 重美

2011年に開業する新東京タワー!
今年はリリー・フランキーさんの「東京タワー」が大ヒット!
なんとなくタワーを巡る状況がソワソワしています。
日本でただ1人のタワー評論家として
活動している私のタワー巡りも記念すべき100塔が見えてきました。
そんなわけで私の活動の一幕をお伝えしてしまいます。
今号のエンタメ日記は私の最新の活動報告。タワーを巡る旅です。

 著:タワー・フランキー
 「新東京タワー」

 2006年に発表された2011年の新東京タワー計画はタワーマニア(全国私を含め3人ほどいるのが確認されています)に衝撃をもたらしました。

「えっ、じゃあ東京タワーが双子になるの?」「今の東京タワーはなくなるの?」と素朴な疑問を持たれた方も多かったのでないでしょうか?。当然ながら今までの東京タワーはなくならず、新たにもう一本新しいタワーが東京に出現します。現時点で墨田区と運営会社の東武電鉄で基本構想が固まりつつあります。

 コンセプトシートによるとランドマークとしてのタワーを核としたショッピングモール案というのが事業の中核となるそうで、タワー本体の基本デザインは今をトキメク世界の安藤忠雄氏が担当、さらに彫刻家であり、元東京芸術大学学長の澄川喜一氏が監修を行うそうです。最終的には墨田区に決定しました新東京タワーですが東京のテレビ局の間で、地上波デジタル放送のために“新東京タワー”を建てようという構想が最初に持ち上がったのは98年のこと。東京タワー(333m)よりも高いタワーを建てて、よりよい受信環境を整える狙いがありました。

そして決定の06年まで足掛け8年間、各候補の誘致合戦が繰り広げられました。我地元秋葉原を始め、豊島区や埼玉などが立候補の名乗りを挙げてしました。しかし当の知事石原慎太郎氏はあまりこの新しい東京タワーには乗り気ではなかったようです。定例会見でも記者からの質問に「要らないよ」とバッサリ両断、さらに自身が仕掛けた都庁のライトアップを自画自賛し「東京タワーよりは100倍ぐらいいいな。建物そのものが醜悪だから、あれは」と答えていました。知事は東京タワーも嫌いだったのですね。まあそんな紆余曲折もありましたが、不要問題は一件落着。こうして東京にメデタク新しいタワーができることになりました。

今年はリリー・フランキーさんの『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』も大ヒット満員御礼、まさに新東京タワーにとって幸先のいい前触れです。私もこれにあやかり、ペンネームを「タワー・フランキー」として、「新東京タワー 〜タワーと僕、ときどきお塔〜」の執筆を真剣に考えています。

リリー・フランキー著『東京タワー オカンと僕、時々、オトン』扶桑社刊(1,575円)で改めて東京タワーの存在を思い出した方も多いはず。名著です!
リリー・フランキー著『東京タワー オカンと僕、時々、オトン』扶桑社刊(1,575円)で改めて東京タワーの存在を思い出した方も多いはず。名著です!

 
 タワー評論家デビュー

 私がタワー評論家を目指したのは小学校4年の時、家族で旅行した大阪万博で初めて太陽の塔を見た時からです。その時の衝撃は今でも鮮明に覚えております。私の中で何かが爆発しました。まさに岡本太郎先生が太陽の化身として降臨した瞬間でした。それ以来私の中でタワー、塔に対しての漠然とした憧れが芽生えました。それ以来40年近く私の人生はタワーと共にありました。過去訪れたタワー、塔は70を超えたでしょうか?まあ、正確にはタワーのために旅行をするとは言いませんが、どこへ行っても近くにタワーはないかな?塔は?と調べることは欠かしたことはありません。

 さて、そのタワーですが、レギュレーションを巡っては各評論家の意見が分かれるところです。日本全国の全てのタワーの走破を目指すタワーファンタジア氏はそのホームページでタワーの定義をこう記しています。定義の重要点に展望台の有無を掲げています。つまりランドマークタワーやサンシャイン60のような実利的高層建築物(これも同氏の表現)は展望台があっても微笑ましくないと言い切っているのです。

 観光のための展望室を持つ高塔であること。展望台ではだめと、オフィシャルしているのが素晴らしく感銘を受けます。私はと言えば、特に定義を設けることもなく、ただ私にとってタワーとは「美しいこと」が以上です。

 そこからエネルギーがほとばしっていればいいのです。昇れなくてもかまわない。美しく私を惑わせる存在がタワーなのでした。ビルだろうが、塔だろうか、鐘塔でも、実利的だろうがかまわない。「美こそがタワーの意義」であり、一見無駄なものを作り上げる人類に私は魅了されるというのが私の唯一の定義です。

 太陽の塔に魅せられて以来、パリのエッフェル(1889年建設/312・3m)に魂を売り、カナダのトロントにあるCNタワー(Canadian National Tower、1976年建設/553・33m、現段階での世界最高の地上建築物でもある)の美しさに真理を求め、東寺の五重塔(794年建設/54・84m、現存する日本最古の古塔)に何度も通ってしまうのです。恐らくこれからも私のタワーを巡る旅は続くことでしょう。

太陽の塔は2010年の万博40周年に向け、御色直しの予定。その前に最後の内覧があり、早速行って来ました。37年ぶりに見た太陽の塔の中はまるでタイムマシンのようでした。新しく生まれ変わる太陽に乞う御期待!(写真は万国公園で買ったポストカード)
太陽の塔は2010年の万博40周年に向け、御色直しの予定。その前に最後の内覧があり、早速行って来ました。37年ぶりに見た太陽の塔の中はまるでタイムマシンのようでした。新しく生まれ変わる太陽に乞う御期待!(写真は万国公園で買ったポストカード)

 
 タワーな出会い

 以前このコラムで無趣味な私と書きましたが、あまりこのタワー評論も趣味とは考えていません。このようなタワーが単に好きという趣味と言えないような性癖も続けているといいことがあります。それが「出会い」です。同じ嗜好、癖、趣味は間違いなく出会いを生み出します。よく、家と会社の往復で出会いがない、出会う機会が少ないという方、趣味がなくとも大丈夫、好きなもののひとつでも持っていれば間違いなく世界は広がります。私の知り合いで尊敬する油井昌由樹さんは自称「俺は世界でただ1人の夕日評論家だ」と周りに言い続けていたら1992年ウオール・ストリート・ジャーナルから「夕陽評論家」として取材を受け、世界中で話題になりました。油井さんは多くの美しい女性から「世界で一番綺麗な夕焼けが見れる場所はどこ?」という質問を受けまくっています。間違いなく油井さんはもてています。私はまだ「世界で一番美しいタワーはね」と女性を口説くチャンスには恵まれませんが、それでもいい出会いは毎日にようにあります。

 つい先日も「京都タワー」という題材をもとに、研究を開始したのがきっかけで結成したユニット「タワケン」の方々とお知り合いになることができました。

 彼女達は「なぜ京都タワーだったのか」の問いに「3年間国内外の建築史を学び、京都の学生として多くの寺院を訪れてきたが、見落とし続けていたのが京都のシンボルであるタワーであった」と答えています。そんな素晴らしい研究に打ち込む彼女達とは今度京都に行ったら是非会いましょう、という約束をしています。

京都のシンボル「京都タワー」を新たな境地へ導くタワケン(京都タワー研究会)。エッフェルは地上と天を結ぶ橋を創ったが、タワケンは多くのコミュニケーションの輪を創ってくれました(写真タワケン)
京都のシンボル「京都タワー」を新たな境地へ導くタワケン(京都タワー研究会)。エッフェルは地上と天を結ぶ橋を創ったが、タワケンは多くのコミュニケーションの輪を創ってくれました(写真タワケン)

 今はまだ地道な活動を続けているタワー評論家な私ですが、恐らく2011年の新東京タワー開業時にはマスコミがほうっておくはずもなく、多分世界でただ1人のタワー評論家として引っ張りだこになっているでしょう。

 そんな私の今の夢は今年の07年の10月19日、もしジョンが生きていたら67歳の誕生日に完成するアイスランドの首都レイキャビクで進行しているオノ・ヨーコさんのプロジェクト「イマジン・タワー」を旅することです。


 

このページに掲載の内容、写真などの転用をお断りします。
Copyright 2007 TANSEISHA.co.,ltd.
All right reserved.