■コラム * tannet flash
マーケット・フォローウィンド
宮沢 勲
“経験”が商業施設を救う
私は現在の部署に異動する前、10年ほど商業空間の営業をやっていた。その営業時代のお客様に横浜元町のキタムラがある。あの「Kマークのハンドバッグのキタムラ」である。
社長である北村宏さんからは、様々なことを教えられたが、そのなかで2つ、とても印象に残っていることがある。さらにその1つは最近やっと「謎が解けた」のである。
1つはデザインに関すること。確か日本橋高島屋のお店のお引渡しのとき、北村社長は棚を支えていない意匠的な柱を「邪魔柱」と表現された。なぜ「邪魔」なのか。
北村社長は「キタムラ」のバッグを自らデザインされてきた。その中でバッグを使われるお客様のことを考え、つくられてきた。例えば「キタムラ」のハンドバッグに付いているポケットは、お客様が物を入れやすいようにデザインされている。使い勝手もよく、さらにデザイン性に優れていること。これが北村社長の絶対条件なのである。物が入らないようなポケットはありえないのである。我々の作品においても柱は棚を支えるものであり、さらにこれがデザインされていることが必要なのである。機能を果たしていなければ、それはバッグを買われるお客様にとっては「邪魔」でしかないのである。この話を聞いたときに、文芸評論家の小林秀雄のことを思い出した。確か小林も機能とデザインから発生したギリシャのパルテノン宮殿の柱のエンタシスと、デザインだけから作られた法隆寺の柱のエンタシスを比較して、機能からエンタシスを考案したパルテノン宮殿の美しさを評価していたように記憶している。機能とデザインが融合したものの美しさは、人を飽きさせないという効果があるように思う。
2つめはデザインの標準化に関すること。キタムラは当社がお付き合いさせていただく中で全国に店舗網を拡大されていった。一般的に店舗網を拡大する場合、アイデンティティの確立のためやオペレーション、コストのことを考慮し、店舗を標準化し、同一のデザインの店をつくる。
当社もお付き合いの始まった頃は、ほとんど同じデザインのお店をご提案していた。そのたびに北村社長は「まったく違う店をつくれ」と言われつづけていた。常に異なったデザインのお店を求められたのである。多くのスーパーブランドショップがそうであるように、なぜデザインの統一を目指さないのか。この理由はずっとわからずじまいであったのだが、その謎が最近やっと解けた。
最近の商業施設の多くが苦戦を強いられている。買う側は昔よりも格段に選択肢が増え、利便性は高まったのに、昔ほど買い物にワクワクすることがなくなった。これが現実であろう。なぜこのような状況になってしまったのだろうか。
これには「経験」という言葉がキーになっていると私は考えている。買い物は消費ではあるのだが、同時に経験の機会である。手元に残るものは商品そのものであり、その商品はどこの店でも手に入るのだが、この商品を購入した場所や、背景は一つひとつ異なっている。
例えば1本のモンブランの万年筆はどこでも購入することができるが、その買ったときは、唯一のときであり、それを買った時・場所・店が購入者の経験として残ることで、そのものに対する思い入れや、買い物の楽しさを感じることができる。そしてその商品を見るとその経験が思いだされる。これがショッピングの真の楽しさなのではないのだろうか。
北村社長は、お客様が「キタムラ」という店で買うものはハンドバッグであるが、それを買った時・場所・店を経験として、商品と同時に買っていただきたいと考えていたのだ。よく考えてみると店舗の標準化は、一部の業態をのぞき、実はお客様ではなく、店側の都合を優先しているとはいえないだろうか。
福岡の「キタムラ」でハンドバッグを買ったお客様が、横浜に来て、元町の「キタムラ」でハンドバッグを買いたいと思った時に、福岡にある「キタムラ」ではなく、元町の「キタムラ」で買ったという経験を提供できる店づくりが、本当のお客様へのサービスではないか。これを実現したいと北村社長は言っていたのだと理解できた。だから、商品面においても「キタムラ」の商品は常にメンテナンスフリーであり、同じ商品を一生使っていただけるようになっている。かけがえのない経験を、ハンドバッグと共に、一生大切にしていただこうという北村社長の思想のあらわれなのである。これは実は最近注目されているマーケティング概念である「経験経済」そのものなのではないだろうか。
経験経済について次号でもう少し掘り下げてみたい。
(みやざわ いさお/(株)丹青社 経営計画部企画課 課長)
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