■コラム * tannet flash
ミュージアム・ナウ
南 夏樹
来館者研究・展示評価
2000年2月、琵琶湖博物館において開催された「ワークショップ&シンポジウム 博物館を評価する視点」は、日本の博物館における来館者研究の導入において、画期をなすものであったといえる。開催の趣旨について、担当学芸員の布谷知夫氏と芦谷美奈子氏は、経済環境の悪化や競争の激化など博物館を取り巻く環境の変化を踏まえて、利用者の立場から博物館の理念や展示を考えるとき、アメリカで行なわれている展示評価や来館者研究の手法が有効なのではないか、と述べている(布谷知夫・芦谷美奈子編『ワークショップ&シンポジウム|博物館を評価する視点』、2000年、滋賀県立琵琶湖博物館)。また、アメリカからブライアン・マクラーレン(コロラド大学博物館)、ミンダ・ボーラン(フランクリン研究所科学館)、ロス・J・ルーミス(コロラド州立大学)の3氏を招き、展示室を使って模擬的な展示評価を行なうワークショップとシンポジウムが行なわれた。
シンポジウムにおける講演のなかでルーミス氏は、「評価(evaluation)」と「来館者研究(visitor studies)」の違いについて、展示またはプログラムが、所期の目的をどの程度満たしたかを知るために行なわれる作業を「評価」と呼び、利用者に関するあらゆるリサーチを意味するのに「来館者研究」という言葉を使う、と述べている。また、アメリカの来館者研究における現在のトピックとして、「展示開発の各プロセスにおける評価の実施」「マーケティング手法を用いた利用者開発」「博物館における学習概念の拡張」をあげている。
一方でボーラン氏は、評価の基本的な考え方について、来館者は展示というコミュニケーション・システムの一部であり、評価により来館者の反応を聞くことにより、はじめてそのプロセスは完成される、と述べている。また、アメリカにおける評価導入の契機について、公的資金の支出に対するチェック制度としての評価、教育的な有効性に対する関心、顧客の満足度を高めるというマーケティングの観点、の3つをあげている。
川嶋敦子氏によれば、アメリカにおいて今日行なわれている「展示評価」の手法が確立されるのは1960年代から70年代にかけて、シュテルとスクリーヴンによってである(川嶋敦子「来館者研究の歴史的諸相」『展示学』27号、99年)。シュテルは、展示は芸術的表現形式を有するものではあるが、まず第一に教育の媒体であるとし、展示評価には測定のための基準が必要であるとして、その基準として「引きつける力(Attracting Power)」「引き止める力(Holding Power)」「教授する力(Instruction Power)」の3つを提案した。そして、「引きつける力」「引き止める力」は行動観察により、「教授する力」は教育評価の方法を適用することにより測定できるとした。
スクリーヴンは、スミソニアンでの調査において、テープやリーフレット等の補助教材の使用、パネル解説をふやす、質問形式の解説を付加する等、展示の条件を変えて8つの実験群を設定し、観覧前と観覧後に学力テストを行ない、学習効果を測定した。調査の結果、テープ等の補助教材を使ったグループの成績がよいことがわかり、スクリーヴンは博物館における補助教材の積極的な導入を推奨している。こうした展示評価の手法は、スクリーヴンによって「Goal-Referenced Approach」として体系化される。この手法は、あらかじめ設定した展示の教授目標に対する学習到達度を測定するもので、行動観察、面接調査、理解度テストなどの調査手法を組み合わせて行なわれる。
日本においても、これまでこの種の調査がまったく行なわれてこなかったというわけではない。先駆的な事例として、1963年の国立科学博物館における来館者調査(石田清一・椎名仙卓「博物館における観覧行動軌跡」『博物館研究』37巻2号、64年。椎名仙卓・石田清一「博物館における観覧調査」『博物館研究』37巻10号、64年)、1985年の秋田県立博物館における来館者調査(嶋田忠一「わかりやすい展示を考える」『秋田県立博物館研究報告』10号、85年)、1987年の科学技術館・丹青研究所の共同研究(日本科学技術振興財団/丹青総合研究所『展示評価の調査・研究―よりよき展示の創造のために』)、1993年のライフデザイン研究所による調査(ライフデザイン研究所『ミュージアムとのここちよい関係づくり―美術館・博物館の利用に関する調査』)等をあげることができる。
しかし、来館者研究に関する成果が飛躍的に増加するのは、90年代の後半からである。その背景として、博物館建設ブームも一段落して、博物館の成熟化の時代となったこと、景気の悪化、財政の逼迫等により、博物館の社会的役割が問い直されていること、等があげられるだろうが、より直接的には、欧米の大学等で学んだ人や、現地の博物館に勤務する人々により、欧米の事情が多く紹介されるようになったこと、あるいは来館者研究に関する書籍の翻訳出版などの影響があるだろう。とはいえ、その成果はいまだ一部の研究者のものにとどまっており、日本の博物館の現場における来館者研究・展示評価の導入はこれからの課題である。ミンダ・ボーラン氏は、琵琶湖博物館におけるシンポジウムにおいて次のように述べている。「誰かと対話しているときには、一方的に話すだけで、聞かないということはないでしょう。博物館も、耳を傾ける必要があります」
(みなみ なつき/(株)丹青研究所 文化空間研究本部 マーケティング研究部
マーケティング戦略研究室 室長)
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