コラム * tannet flash
ミュージアム・ナウ
南 夏樹

第三世代のミュージアム


気鋭の博物館論研究者であった故伊藤寿朗(元東京学芸大学助教授 1947〜1991)氏は、博物館を三つの世代に分けて次のように述べた(『市民のなかの博物館』,吉川弘文館,1993)。
第一世代とは、国宝や天然記念物など、希少価値をもつ宝物を中心に、その保存を運営の軸とする博物館である。それは観光や娯楽という非日常的利用の場であり、特別の機会に観覧する博物館である。
第二世代とは、資料の公開を運営の軸とする現在の多くの博物館である。学芸員という専門職が登場し、物の調査・研究、収集・保管、公開・教育という博物館活動を展開するが、市民の利用は知的好奇心を満たすための一過性のものであり、特別展示期間以外はあまり訪れない。
それらに対して第三世代とは、市民の参加・体験を軸とする将来の博物館である。参加し体験するという継続的な活用をとおして、市民自身が自己学習能力を育むことをめざす施設である。市民を利用者として客体化し、既存の知識を普及するのではなく、市民自身が主体となって取り組むことが基本であり、博物館の役割はこうした取り組みを支援することにある。

伊藤氏の第三世代の博物館論は、数多くある「博物館三世代論」の中でも出色のものであり、伊藤氏の深い洞察を示すものであろう。この博物館論をより大きなパースペクティブの中に置き直すことにより、その今日的な重要性を指摘したい。

イギリスの社会人類学者シャロン・マクドナルドは、科学博物館の発達史に関して三つの時代区分を示している(Macdonald, Sharon (ed.), 1998,The Politics of Display, London: Rautledge)。近代初期、たとえば1660年代に設立されたロンドンのThe Repository of the Royal Societyにおいて、コレクションは一般公開を意図したものではなかった。それは第一義的に科学的な研究センターであり、富裕層の学者のための場所であった。この時期、科学的コレクションへの接触は非常に制限されたものであり、16世紀のフィレンツェやボローニャ、17世紀のコペンハーゲン等の「公的(public)」とされるコレクションにおいても、そこを訪れる人々の大部分は高い社会的地位にあり、しかも紹介状が必要であった。

18世紀後半、特にフランス革命の結果、それらのコレクションは一般公開されることとなり、多くの国立、公立のミュージアムが設立された。それは国民国家の成立と同時期のことであり、ミュージアムは国家的なアイデンティティとその進歩のシンボルであると同時に、国民教育のための場所とみなされるようになった。それらのミュージアムは、学者や貴族を対象としたそれまでのものとは異なり、専門知識を持たない一般大衆を対象とするものとされたため、教育的で解りやすい展示をつくることに大きな努力が傾けられることとなった。マクドナルドも言うように、私たちは現在でもこのような19世紀的なミュージアム観に大きな影響を受けている。こうしたミュージアム観を、伊藤氏の言う第二世代の博物館に対応するものとも言えるだろう。

マクドナルドによれば、1960年代以降の時代とは、多くの19世紀的な達成−国民国家、帝国、民族的・社会的階層、進歩そして真理の概念が再検討を余儀なくされる時代である。民族問題、環境問題、伝統への回帰、グローバリゼイション、資本・生産の多国籍化、消費者志向等の変化が、国民国家の存続を脅かすと同時に、新しいアイデンティティや主体の在り方を可能にする時代でもある。そのような時代のミュージアムとはどのようなものだろうか。残念ながらマクドナルドはその概念化に十分成功しているとは言いがたい(具体的な事例として産業遺跡とサイエンス・センターがあげられている)。伊藤氏の言う第三世代の博物館は、そのような時代のミュージアム像となり得るのではないかと考えるのである。

 フランス革命の結果、ミュージアムは一般大衆に対して大きく門戸を開くこととなったが、そこでの一般大衆はあくまでもミュージアムの行なう「教育」の対象であった。これを「文化の消費者」としての市民像と言うこともできるだろう。一方近代初期において、もちろん利用可能な階層は限られていたのだが、人々のミュージアム利用は「能動的」なものであったのではないだろうか。伊藤氏の言う第三世代の博物館とは、ミュージアムの利用において、そのような近代初期の「能動性」を回復させる試み、「文化の消費者」としての市民から「文化について議論する」市民への変化を促すプロジェクトとして理解することができるのではないだろうか。

(みなみ なつき/(株)丹青社 公共空間事業部企画開発室 ディレクター)

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