コラム * ローカルトレンドニュース
from nagoya
岡本 靖生

地域社会を展示する ごみから学ぶ名古屋200年



 1998年秋、名古屋市はごみ埋め立て処分場建設を巡り岐路に直面していた。予定地の名古屋港「藤前干潟(ふじまえひがた)」は、国内最大の渡り鳥の飛来地であり環境配慮をめぐり計画は難航。当時干潟といえば長崎県諫早湾のギロチンが海に落下する光景が鮮明によぎった。数ヶ月の議論の末、市は処分場建設中止を決断。「ごみ非常事態宣言」を掲げ、徹底的な分別と減量作戦に臨んだ。市民への意識改革は市民自らの課題として即座に浸透。家庭で職場で破棄方法のうん蓄が交わされた。結果、「ごみ減量先進都市名古屋」が21世紀と共に誕生した。
 
 先ごろそんな名古屋だからこそという催しが、名古屋市博物館にて開催された。「名古屋城下のゴミ事情」という企画展。 
城下複数の遺跡から発見された江戸後期のゴミ穴を観察すると当時が浮かび上がる。階級制度によるごみの地域性にはそれぞれの衣食住や習俗が垣間見られる。市民に馴染みの地に存在するごみ穴は興味をそそる。
no7.jpg 更に驚いたのは、どの遺物も使い尽くされている。歯が丸く擦り減った下駄。墨をさんざん磨ったのか奇妙な穴が開いた硯。焼継ぎといわれる接着修理が施された茶碗は見事。また、投棄取締りの法令も整っていた、というあたりは今にも通じておりすばらしい。
「藤前問題」がきっかけの「ごみ非常事態宣言」は、「ごみ減量先進都市名古屋」を誕生させ、「名古屋城下のゴミ事情」としてごみへの関心が深い市民に向けて、博物館の企画展という異なった視点から「ごみと歴史と文化について考える機会」を与えてくれた。「地域社会を展示する」まさに人と社会を取り持つ展示パラダイムがそこでは試みられていた。
 
(おかもと やすお/丹青社 名古屋支店)

 

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