| HOME > 季刊誌tansei.net > コラム > ローカルトレンドニュース > from hakata |
| ■コラム * ローカルトレンドニュース from hakata 津田 祐司 『王ホークスが博多へ残したもの』 福岡ソフトバンクの王監督が今期限りで勇退した。14年間の在福ですっかり福岡の顔となった監督であるが、昨季の手術後の立ち姿を見ていると「もういいんじゃないのか」と残念ではあるが、仕方がない心境である。 ホークスは88年に大阪南海から福岡ダイエーとして本拠地を福岡へ移し、93年には日本一の福岡ドームが完成。翌94年、「世界の王」を監督として迎え、「飛翔」のチームを目指した。王監督が就任した時、地元のファンにとって「へぇー」といった感じで、東京の象徴である「巨人の王」、国民栄誉賞第1号の「日本の王さん」が「博多に来るの?!」。期待と同時に戸惑いも少なからずあった。 95年から指揮をとった王ホークスは、5位、6位、4位と低迷、特に最下位になった96年には、「生卵なげつけ事件」が大阪の日生球場で起こった。近鉄戦に負けて、ホークスナインがバスで引きあげる際、心ないファンが王監督らが乗ったバスめがけて、生卵をなげつけた。これは大阪の旧南海ファンが起こしたことだが、大変ショッキングな事件でもあった。 「都落ち」という表現があるが、王監督が福岡に来ることになったとき、「あの世界の王が…」と、地元でも同情以上のものを感じた。しかし、すぐに喝采と歓喜を浴びることになる。 王監督は、有望な新人を次々と獲得し、小久保、松中、井口や川崎、杉内や斉藤、新垣、馬原らをスターへと育てていった。必然的にチーム力は格段に向上し、98年にAクラス入りすると翌年、念願の初優勝を遂げ、日本一にも輝いた。その後は、常勝ホークスとして不動の地位を築くことになる。皮肉なことにチーム力上昇に反比例するかのようにダイエー本体の経営環境は年々悪化し2005年、ダイエーは球団を手放すことになる。そこで登場したのが、IT産業のトップ企業ソフトバンクの孫正義氏であった。 2年前のWBCで王ジャパンの世界一は、王ホークスが優勝したかのような錯覚を覚えた。「都」を見返した監督はこれまで2人いる。50年前、三原ライオンズは博多に誇りを与え、王ホークスは自信を植えつけて、「都」に戻る。 (つだ ゆうじ/九州支店) このページに掲載の内容、写真などの転用をお断りします。 Copyright 2008 TANSEISHA.co.,ltd. All right reserved. |