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| ■コラム * ローカルトレンドニュース from hakata 津田 祐司 『バブルへGo・博多編』 『バブルへGo!』という映画が話題になっている。見てはいないが題名でだいたいの察しはつく。『バブルの時代』。小生がここ九州支店へ転勤したのが20年前の1988年。その年から数年、福岡も狂乱のバブルの頂点へ向っていった。当時、天神の中心は、イムズ、ソラリア、ジークス(当時ユーテクプラザ)の大型商業施設の立上げで、工事、工事、工事のごったがえしの状態。更に百地地区で『アジア太平洋博覧会』工事も急ピッチで進んでいた。 翌年には更に、三越の出店や大丸の増床、新岩田屋、キャナルシティの計画も浮上し、近隣では、ハウステンボスやスペースワールドのテーマパークも具体化されていった。89年1月、ダイエーの中内会長がホークスを引き連れて福岡の地へ降り立った時、福岡は絶頂を迎え、時を経ず、福岡ドーム、シーホークホテルを造り、百地を新都心化させていった。街は変貌し、地価が狂乱していた。東京から帰った小生にとって、スケールは違うものの構図は同じであった。若者はDCスタイルをバーゲンで買い漁り、ボディコンのお姉さんが街を闊歩していた。九州最大のディスコであった『マリアクラブ』を中心としたマリアストリートは、若者たちの聖地として、朝まで騒乱していた。 89年に開業した『ホテルイルパラッツォ』は巨匠アルド・ロッシがプロデュースしたデザイナーズホテルである。Xマスの12月25日の11時ともなると、ロビーはチェクアウト精算を待つ男共の行列を横目に、ソファーで足を組んでタバコをふかす女たちで一杯である。顔が見合ってもいい高級『ラブホ』であった。路地裏では、Wのスーツを前開きに小太りなオヤジが右肩にランチジャーみたいな携帯電話をぶら下げ、左手に金色のジッパーのセカンドバックを抱えて、筋合の物件を物色し、イエローネクタイのヤッピーまがいの証券マンは、中州で万札をばらまいていた。 映画では、『戦国よりも幕末よりも…』とあるが、たったその数年先に幾多の『浦島太郎』たちが街にさまよう事になるとは…リアルなSFの時代だった。 (つだ ゆうじ/九州支店) このページに掲載の内容、写真などの転用をお断りします。 Copyright 2007 TANSEISHA.co.,ltd. All right reserved. |