コラム * tannet flash
「レプリカ」と「バーチャル」の世界観
古川 俊弘

音のレプリカ 展示にまつわる音の風景


 何をかくそう。今年もフェリーに乗って北海道冒険旅行を敢行した。短い期間ではあるが航海というのは夢踊るものがある。茫洋とした船の動きにゆすられながら疾走する船にまとわりつく膨大な波のうねりと無数の水泡、さんざめく海のざわめきと波の音、カモメの鳴き声などを主旋律に、出発時の汽笛、横になりながら体感するエンジン音のとどろきなどの重層的な響きのなか、悠久に通じる終わりが感じられない感覚にまどろみつつさまざまな音の風景がよぎっていった。個人の歴史とはるか昔の人間の営みなどに思いを馳せ、波の音を聞きながら音のレプリカについてつらつら考えてみた。
 

 
 展示や演出の世界で音響効果を考えることは一般的である。シアターや展示空間などで来場者全員に聞かせたり、音声ガイドシステムなどで個人向けとしたり映像や照明と同様にさまざまな仕掛けを目論んだり、と何らかの伝達手段や表現方法、またはイメージを喚起させる装置として音にまつわる場面はけっこう多い。近年は映像やデモなどに合わせて独自に作曲したり著作権フリーの音を使うことも珍しいことではない。
 
 一方、普通ではめったに聞くことができない音。たとえば流氷がきしむ音や北極の風の音、氷河が流れる音、熱帯植物が開花する音などのさまざまな自然現象や、クジラの鳴き声、ネコ科動物や猛禽類のジャングルでの咆哮、木々を飛び交う霊長類の音、水中や土中深くに生息する生き物の声、海ガメの産卵などの珍しい生の音は苦心して採取・録音したものを展示用として利用したりする。地球という世界が奏でるそれらの音が直接われわれの耳に届く場面は少ない。夜中の動物園に行こうとはけっして思わないのであるがめったに聞けない音を聞いてみたいとは思う。
 
 しかし展示の世界では音を再現して作ることはあまりない。古代の楽器や道具を再現してその時代の音を再現(創造)することや絶滅動物の声をある観点から創りあげたりすることはあったりするが厳密な意味で再現する機会というのはめったにない。音源が残っていないためリアルなのかどうか判定できないのも一端であるが、時間とともに消えてしまう音というものはその瞬間の場にのみ存在するという当たり前の事実も起因する。本や絵画、建築物などと違い音を封じ込めることを考えた知恵には今さらながらに目をみはるものがある。
 
 
 画期的な録音という技術が現れて音の記録や記憶の継承はさほど困難ではなくなった。また音を作り加工し残すことも普通に行われている。
 現代では音を製作する技術はたいしたものである。昔のラジオ番組の擬音や怪獣映画のように色々な工夫された道具や発想を用い、意外なものでその音を感じさせた時代とは異なり電子的、デジタル的に処理する方法は非常に数が多い。効果音や背景音、表現音として誰もが手軽に取り扱い可能な商品として世に出ている。
 
 それとは正反対に自分の肉体を使用して音を作る人たちがいる。狩猟をなりわいとした海辺のイヌイット、山間のネィティブアメリカン、マタギなど獣や鳥の鳴き声をまねて自らの伝達手段、または生き延びる方法として伝承させていた。
 流行りのハモネプも見逃せない。口や音によるリズムセクションやパーカッションなどの肉体楽器として電子音やデジタル音を再現しようと試みているのも音や肉体に対する意欲的な挑戦である。
 
 文字で表現する擬音もマンガを筆頭としてバリエーションが豊富である。「きゅぴーん」「ぶふわ」「げしっ」「んむ〜〜ん」等々。
 それらを音のレプリカとしてとらえて見る。想像上のものであれ原音があるものであれ、その雰囲気を感じさせる場を創りあげるというのは展示の手法へともつながり、われわれとの接点が見えてくる。そのように計算され意味付けされた音がある空間は確固たる独自の存在として際立っていく。
 
 
 擬音ではないが漢字の意味がストレートにわかった経験として、何かの映像で古代中国の砂漠や険しい山道を行進している軍隊があり、先頭に太鼓を持つ何十人かが一糸乱れぬ隊列のなか独特の踊りを舞い不思議なリズムで太鼓を打ち鳴らす風景を見たとき、ああ、これが鼓舞だったんだと妙に納得した思いがある。
 
 聞くことや聴こえることの体験は実にさまざまな風景や感情を呼び覚ます。見ることや匂いに負けず劣らず琴線に触れる重要な要素である。旅行途上ラジオ番組で、あなたの懐かしい音を聞かせるという番組をやっており、夜明けの大八車、タライや井戸などの生活音、物売りの声、質流れ品を路上で売る口上、ニシン漁の舟歌、紙芝居などの音が聞こえてきた。その後、私は私で懐かしの70年代前後の復刻版ロックのCDを聞きつつ自分のその時代を反芻したのであった。
 
(ふるかわ としひろ/(株)丹青社 IMC事業部購買部購買課 課長)
 

このページに掲載の内容、写真などの転用をお断りします。
Copyright 2002 TANSEISHA.co.,ltd.
All right reserved.