tansei.net
季刊誌 tansei.net新施設情報近代建築海外情報つくばEX更新履歴

HOME > tansei.net27号 > コラム > 「レプリカ」と「バーチャル」の世界観 > ―個人の喜び、或いは不安の水位―
コラム * tannet flash
「レプリカ」と「バーチャル」の世界観
古川 俊弘

―個人の喜び、或いは不安の水位―


 秋が来る。暑かった。熱かった。溶ける夏。クールビズは当たり前、夏の定番甲子園、祭りや花火、サンバ、盆踊りは今いずこ。ひそかに今年の夏は三遊亭圓朝が映画も含め人知れずブームと聞き、ひとり、よしよしと勝手に満足していた。速記法により記録された文章は新聞で連載され人気を博した。これが作家二葉亭四迷に影響を与え、「浮雲」を口語体(言文一致体)で書いて文壇に衝撃を与えた。ということとは別に、長尺ものの「真景累ヶ淵」を円生による噺で久々に味わった。

 日本の怪談ものは、人の「気」というのがじわじわと伝わりぞくぞくしてくる。生身の人間の業(ごう)というもの、現代に感じる奥底の不安を考えてみた。

 子供のころ、未来には大きな希望がまだまだあった。高度経済成長の波に乗り色々なことがうごめいていた時代。大きいことはいいことで月に人類が到達し、長髪でジーパンをまとい若者がかっぽしていた70年代前後の激動の時代は貴重な経験。過去に前例のない最大生徒数、受験戦争、学園闘争、フォークジャンボリー、ニューファミリーなどをつくり出してきた大きな固まり。団塊の世代を先輩として過ごした時代は、何か未来が感じられた時代であった。

 今思うとハードな戦争後の、冷戦といわれた民主主義と共産主義の大きな枠組み、その末端として踊らされた時代であったかもしれない。

 大きなうねりは当然のように日常の中にしっかりと入り込む。2つの超大国による代理戦争は世界的規模で人々を巻き込み、文化を変えいろいろな価値観を示しながら次の世界を夢見た若者たちは、壊し、つくり、挫折し理想を追いかけた。

 人生の意義、とは古来からの普遍的な問いである。

 当時、個人の生き方を引き受けていたのは深夜のラジオ放送で、悩みながらペンネームを駆使し打ち明け話や相談事をしたりして心のモヤモヤを解毒してくれた。一片の葉書や手紙は、共感や救いとなり生きる力を与えてくれた。

 宗教のように絶対的な価値観のない現代は、あらゆる価値の上位に個人の価値を置いている。自分ばかり損している気になってしまう風潮。もめごとを避け、互いに心の内部がわからない。幸不幸に敏感すぎるのは不幸につながる。傷つくこと、傷つけられることを極端に恐れる裏には、つながっている世界を断ち切られたくない、絶対的孤独には立ち向かえない。と、ますます傷つくことだけが上手になっていく。

 こんなにつながりをもっているという安心感を得るための証として、世界と切り離される恐怖はかろうじてメールのやりとりで保つ。本音を吐露できる相手はわからず、若者は行き場をさがすのに苦労する時代。

 寂しさと孤独は違うものであるとわかるころには、自分自身に向き合うことを恐れはしなくなる。

 当時はやった歌は今と比べて歌詞の内容が違う。メッセージであったり、社会的な事件を題材にしたり、生きる意味を問うたり、とさまざまなパターンがあった。今は自分のことと相手のことばかり歌っている個人の世界。誕生日になにもほしいものがない、というのは怖い話。

 世界的なロックのチャリティーコンサートも変わってきた。その時代の一端を象徴している。反戦・世界はひとつ・エイズ・難民を救え・バングラデシュ・子供たちのために・絶滅種を救え・温暖化の撲滅、と時代を映すメッセージはテーマは違えど、大きな世界を問いただしてきた。現代はひとつの超大国対世界各地の構造に変化してきて、互いに手を取り合わなければ生きていけないということがますます明らかになってきた。

 来年は世界の一大イベントである北京オリンピックがひかえている。その前哨戦の世界大阪陸上を見ていると実に知らない国がいっぱいあった。色とりどりの国旗と衣装は美の競演。国家の威信や栄光を賭けて闘っていた時代とは雲泥の差で、個人が挑む肉体の限界を競う生身の感動。競技者という意味のアスリートという言葉も定着し、選手という表現は過去のものとなった。

 個人に一つひとつに刻まれたシワは恥ずかしいこともすべて含めた貴重な個人の歴史。たまには一息つきながら、じっくりと、いろいろな未来を想い、自分が経験した過去を味わってみるのも素直な喜びである。

 自分と向き合う一対一の勝負が人生。やるしかないじゃない。

(ふるかわ としひろ/営業本部業務管理室 業務課 課長)


このページに掲載の内容、写真などの転用をお断りします。
Copyright 2007 TANSEISHA.co.,ltd.
All right reserved.