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| ■コラム * tannet flash 「レプリカ」と「バーチャル」の世界観 古川 俊弘 ―隙間の方程式― デジタルの論理はゼロか1、またはイエスかノーを連続的に操作して導く方式である。デジタルで語ることができない、その隙間を追ってみた。 黒々とした樹木が芽吹く。ほんのわずかの白い点が瞬くうちに広がり、緑に変化して木々を覆い始める。黄色や茶色の地面は見る見るうちに草花の息吹があふれかえり、次への順番をうかがう。匂いがあふれ、気ままな風は小鳥の鳴き声をたずさえながら冬の衣を脱ぎ捨てていく。 どこかちょっとしたことで琴線に触れるときがある。アナログ的な仕掛けがあると妙にほっとする。心に迫ってくるのは素朴な表現、それ以上崩しようのないむきだしの原型。たたずまいや雰囲気、絶妙の間など言葉で言い表しがたい風情はなかなかのものだ。街は春色気分でむせかえっている。 ◇
どんなにバカげたことを考えられるかが勝負である。 東北地方では、雪に閉ざされる1月を中心に「ほら吹き大会」が盛んで各地でその手の大会があるそうだ。銀河系宇宙ほら吹き大会、新春うそ八百ほら吹き大会、UFOの里ほら吹き大会、国際ほら吹き大会、等々。見え見えの嘘より壮大な仕掛けがあったほうが面白い。うそつきのスイッチが入る。してやられた爽快感を感じる。 ◇
シンプルでも勝負できるものがある。 2006イベント大賞の中に面白いものがあった。ひとつは「第1回日本たまごがけごはんシンポジウム」。米、醤油、たまごという地域資源にこだわり、大きな反響を呼ぶイベントに仕上げ、地域経済の活性化にも貢献したそうだ。もうひとつは「白峰・桑島地区の雪だるま祭り」。雪だるまという誰もが参加できるイベントで約二万五千個の雪だるまが地域の人の手で作られ1万人を越える来訪客で賑わいをみせた。他人のためではなく自分達のためにするイベント。しかも17回目という継続性。 このように何かを埋めたり感じたりする機会は、デジタルの隙間をうかがって登場することも多い。 ◇
進化論はその時代や環境と折り合いながら適応していく。 その昔、成人式というのは、何かを越えるために行われ、正式に群れの一員となることができた。現代は形式的な成人式以外に通過儀礼と呼べるようなものが無く、互いが互いを支えあうムラ社会からは遠い所となった。ムラや群れは今や企業であったり業界となったりして、リスクヘッジしてくれる生きていく上での中間共同体を失った。 「キレる」「ウザい」「チョーキモい」などの言葉を聞く時、短絡的でデジタル型の悪い側面を感じる。昔は、鋭い男などの意味で切れ者と使っていたのに、スイッチのオンオフの意味になってしまった。分断されたゆがんだ形。 細やかな気遣いや心遣いが感じられない風景には共感は生まれない。 ◇
完成された形を求める。 正しい解を得るための方法として、定理や公理に導くための理論を構築して証明していく数学や物理学の世界。あいまいなことを排除し誰もが同じ手順で同じ結果にたどりつく結果を求める方法。 われわれは最終的に空間を形として納めることが多い。物理的側面を解決するためには材料を作るメーカーの力。法規をクリアするのは知識と経験の力。現場を作り上げるのは技術者の力。まず標準をクリアしつつ、それぞれが目的の最高峰を目指す。しかしながらプランナーの意図や設計者の感性により結果が違う世界。忍び寄るのは、微妙なニュアンス。ちょっとした曲線、手書き風のサイン、照明のひとすじを感じる心に正解はない。 作品として世に誇れるのは感覚と表現の力、そして形として実現する力。さらに上への思いの中では未完の気分。まだまだ忍び寄る隙間の出番は多い。しかし、どちらも間違いではない。 ◇
隙間の方程式の解は? 厳密に数値化できない何かを超えた瞬間に感じられること。 (ふるかわ としひろ/営業業務管理室 業務課 課長)
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