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| ■コラム * tannet flash 「レプリカ」と「バーチャル」の世界観 古川 俊弘 異質との出会い −驚きの果てに− 普通の顔が夜叉の顔にいきなり化けるお面がある。知らないで、その変わり目に出会うととてもびっくりする。目に効果があるといわれる3Dの絵は、そのままだと何の絵かわからない。じっと目をこらしていくと、いきなり立体画像となる。ロールシャッハテストは見方によって全然違う画像が現れてくる。などという例はけっこう多い。 ◇
「不気味の谷」という言葉がある。ロボット工学上の概念でロボットは人間に似てくると親近感を抱かせるが、あまりに似すぎると、とたんに不気味な存在に見えてくるのだそうだ。 たしかにぬいぐるみや工業ロボットは姿・形が理解しやすい。人型ロボットは親近感がある。反面、能面や文楽人形は、さまざまな見え方や感じ方が隠されている。自分との距離が近くなればなるほど、ある意味で恐怖の対象にもなっていく。 ◇
ほとんどそっくりだが、何かちょっとしたことが決定的に違うと違和感を覚えることがある。反対に誰もがよく知っていると思っていることの中に違和感を感じることは、まれな出来事であろうか。 中世の宗教画家でヒエロニムス・ボッシュというひとがいた。昔、ボッシュの絵を題材にした小説群があり奇妙な世界観に興味をひかれて、どんな絵だろうと想像しながら読んだ。複製の画集ではあるが作品を見た。丹念で不思議な世界を提供してくれた。現代では「地獄と怪物の画家」「無意識の世界をあばく画家」などと評せられるが、キリスト教をベースにしたその世界は、本当の意味でキリスト教を理解していない私にとって予想以上に異質な世界との出会いだった。 ◇
初めての地を訪れるとき予想もしない感覚に驚かされることがある。 西太后が作ったとされる頤和園(いわえん)。庭園では樹木の枝振りが異様な形状で、石や岩も前衛芸術のような奇怪な形と感じた。風雅な日本庭園とは全然違う美意識の感覚。もっとも日清戦争で日本が勝ったのは戦費を削って庭園を作ったからだという俗説もある。 現地の博物館に行くと、日本が登場するのは年表の半分以上も過ぎて、やっとかすかにその歴史の片隅に出てきた。それだけの時間を想像するのは相当の覚悟がいる。 シベリア鉄道に乗っていたのは、おりもおりソ連が崩壊してロシアに変わるときであった。このまま帰れなくなったらどうしようと不安にさらされながら、驚いたことに外の風景は延々とほとんど変わらない。時間の感覚が揺らぐ殺伐とした偉大な光景であった。 今でこそ世界遺産として認定されているものは数多い。最近では知床が観光客の大幅な増加がありさまざまなイベントも盛況のようである。 蛇足ながら上京したてのころ、電車に乗ると瓦屋根が続く風景と延々と途切れることの無い家並みに驚いた。瓦屋根が続く光景なんて日本みたいだ。などと本末転倒気味に驚いたものだ。 ◇ これだけネットや映像・通信技術が進歩した今日においても、実際に、そこに行き実感することによって新しい感覚で満たされるのは不安をまじえながらもうれしい驚きだ。 自分が知らない異質なものと出あったとき、どのようにそれを理解して自分の中に取り込んでいくのか。ファーストコンタクトは重要である。まだまだ深海では初めて発見される生物もいるらしい。 初めて会うひと、初めて体験すること、改めて知ったこと。などなどわれわれの世界は、日々、出会いという驚きに満ちた冒険にあふれている。 (ふるかわ としひろ/営業本部業務管理室業務1課チームリーダー)
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