コラム * tannet flash
「レプリカ」と「バーチャル」の世界観
古川 俊弘

大量につくる−夢の産物を思いながら


 同じものを大量に作るのと、同じようなものを大量に作るには似て非なるものがある。どちらに合わせるかと頭の悩ませどころである。
 産業革命前では大量生産は夢であり単品をいわゆる手工業で生産していた。機械による均一な技術、新エネルギーによる駆動装置が大量生産を可能にしたわけだが、現在でも大量に作り消費するという形態はまだまだわれわれの生活を席捲している。
 

 
 われわれのなりわいは一品生産が主流である。店舗にしても博物館にしても展示会にしても、その場所や条件に要求されるそこでしか表現できないものを目指す。
 が、われわれの展示・内装業界でも量産ものと言われるジャンルが存在する。何万、何十万の単位ではなく何十、何百、まれに何千という単位で大量ではないが少量でもないというものである。合併・統合を機会にロゴを一新したり、販売チャネルを作ったり変更したり、新しい事業展開を図ったりと様々な変化と呼応しながら、かなり戦略的な色彩が濃い中での一部の業務がわれわれの量産ものへと繋がっていく。展開としては外部(内部)サインを変更したり、外装のテクスチャーを変えたり、内部の内装、カウンターなどの接客用具、販促什器の変更・投入、商品を組み込んだデモボードと呼ばれる什器や特殊な形をした簡易店舗などもある。単体(スタンドアローン)の場合はその環境に置くだけでいいが、置くだけですまないものは許容されたイメージの範囲で現実に沿った微調整が行われる。全国津々浦々で立地や場所、環境条件がすべて違うのは当たり前といえば当たり前だ。一種の規格品ではあるが、手離れを含めどちらがどちらに合わせるか微妙である。
 
 店頭販促用のPOPほど簡便ではないが内装とも外装とも建築とも違うもの。また商品そのものでもないが、企業イメージを統一するものとしての周辺として製作される。訪れる人にメーカーそのものに触れられる場を目指し、イメージの向上やファンとなるきっかけを提供する場ともなるため企業の本質が表現されなければならない。
 
 
 製造業・メーカーは売れるはず、売りたいという一点に集約して商品を生産していく。カスタムメイド、オプションもあるが基本は量を中心に据えて大量の販売を目指していく。それらがわれわれの生活を変え、考え方を変え、行動を変えていく。商品が、企業が文化や風土を徐々に変化させていく。ケータイの進化と爆発的な普及率はその典型である。
 
 商品を販売するためには幾つも選択肢がある。売り場としては訪問販売、異動販売、路面販売、会員制販売、通信販売、ネット販売、口コミ販売、無人販売など多数。また期間限定、時間限定、地域限定、年齢限定などの販売方法ももちろんある。
 
 作ったものを売るのに、社名や商品のロゴは有効であり企業そのもの、あるいは商品そのものを表現するシンボルとしての役目を担う。そのイメージや品質に良くも悪くも大いに力を発揮し売れ行きが左右される。企業の戦略や意思表示として近年ブランディングといわれるマーケティング手法とも絡めながら各社とも慎重かつ周到に事業展開をしていくための象徴であり、ある意味では企業そのものであり本質である。そういった中でわれわれの量産ものが作られていく。
 企業という目から見れば生産拠点も販売網も商品もひとつの意志の元にあり同時に多数の存在でもある。部分から見ればそれぞれが遺伝子を内包し、商品は意思表示する大量の夢の産物である。
 
 
 今時分の季節になると「芝浜」が聴きたくなる。ご存知の通り、腕はいいが酒に飲まれちゃ仕事をやらない男がある朝、浜で大金の入った財布を拾い、それでどんちゃん騒ぎをした翌朝、財布は夢だったと女房にだまされ3年間酒を飲まず仕事に精をだし、まっとうに生きていくという噺。
 
 SFやミステリー、落語などでは夢オチというのは禁じ手のひとつであり、扱いが難しく高度な題材である。3年後の大晦日、身上もよくなり生真面目に仕事に励む男にあやまる女房。あの財布を拾ってないというのが実は嘘だったのよと奉行所から返金されたお金を見せつつ、一杯注ごうとするが、やめとこう明日、夢だったらいけねえという落げ。 
 大量にものを作ることはリスクを隣り合わせにしながら夢を追いかける作業でもある。現在では夢の範囲がせばめられ、否定的な意味で使われることが多くなったきらいがあるが伸びやかに心地よく様々な夢を見たいと思った。
 
(ふるかわ としひろ/(株)丹青社 IMC事業部 業務・購買部 購買課 課長)
 

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