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■コラム * tannet flash ショップス・ニューウェイブ 朝田 賢治 デパ地下シンドローム
1981年4月×日、春の陽差しがビルの谷間に鋭角に光線を落とす朝、普段とは違い、所定の位置につく人々は動きこそさほど変わりはないものの、その表情は言い知れぬ不安と緊張で顔がこわばり、迫り来る恐懼に心なしかガラスを拭くクリーナーの音もテンポがのらない。 昼下がりのGW、リニューアルしたデパ地下に行った。まずは三越銀座店。「なんだこの人だかりは!」と言いたくなるほどの盛況ぶりでブームを実感し、ホットデリカ、洋惣菜コーナーで『RF/1』『柿安ダイニング』に目が止まる。「全部食べたい!」思わずヨダレが垂れそうになり、急ぎ足で本場パリの『パティスリー ペルティエ』の前へ。「ああ、おいしそう!」特徴あるコブ模様のバケットとガーリックの匂いに釘付けになる。京都の老舗豆腐店『藤野』を右に折れ、さらに進むと地下鉄からの入り口の横に出た。「ああ、これがケーキを宝石のように売るという『ピエールエルメ シニャチュール』か」。 夢心地のなか、何分うろついていただろうか、私の右手には『柿安』の「釜揚げタコのマリネ」と『RF/1』の「おくらと湯葉の名コンビサラダ」が、左手には『パティスリー ペルティエ』のデニッシュが、そして何故だか『パステル』の定番「なめらかプリン」も。なんという魔力。 早足に店を出て、次に向かった先は大丸東京店。「ほっぺタウン」が改装しているらしい。ここにも大勢の人だかりがあった。JR側から『キハチ フライドブレッド』を抜けると、三越と同じくまたしても『RF/1』と『柿安ダイニング』が今度は通路の両側から攻めてきた。『なだ万厨房』も揃っている。もう買わないぞと心に決め、『ポールボキューズ』の角を曲がり、スキップを降りるとそこには『マダムリー』と『融合』が待ち受けていた。「これ下さい・・・」、と透明な筒状の器に入っていた「渡り蟹の唐揚」を買ってしまった。 完敗だと思った瞬間から実にゆったりフロアー全体が見えてきた。大丸は三越に比べて和菓子が行列をつくっている。『いも屋くろ門』の「いもあげ万寿」と「はりはり千本」、『菓匠 白妙』の生クリーム入り大福を抹茶でまぶした「花うさぎ」、改装前から流行っていた『満願堂』の「芋きんつば」など。またオフィス立地を活かして弁当に力を入れ、通勤メイン導線に近いところに弁当専門店をズラーと揃えた。まてよ、その隣にビールの冷蔵ケースがあるってことは、OL狙いか、あるいは出張族おやじ狙いか、両方か。 かくして散財をした私は、キャリアの妻と2児の子を持つ平凡な拙夫であるが、東急フードショー以来の買い物をしながら〈デパ地下〉は百貨店の救世主だと確信した。主婦の就職率が年々高まっていることで食品市場は〈中食〉を主として飛躍的に幅広い世代の支持を得ている。眼で楽しませる、匂いで誘う、美しい盛付けやVMDで環境演出を強化、さらに対面重視のパフォーマンス販売で、デパ地下は〈食のテーマパーク〉になった。 次に来たときには、さらに何かが私を止める、ネクストディメンションがきっと広がっていることだろう。ただひとつ、この流れを阻止、あるいは停滞させることができるとすればそれは、〈デパ地下〉ならぬ〈駅ちか〉(駅ビル、あるいは構内営業)か。今勝負は始まったばかり。
(つづきから・・・)買い物カゴを左脇にかかえ、そろりそろりと辺りを伺うように降りて来たのは、通称試食荒らしの「お金婆さん」だ。お客がいるから大声は出さないものの、店員たちの物言わぬ視線は言葉より早くデパ地下を駆け巡り、一瞬にして皆試食の皿、カゴを引く。すると婆さん、苛ついた様子で暫くフロアーをうろついたが、何か大声で喚き散らしながら、降りてきたさっきの階段を未練たっぷりの様子で上っていった。今日はデパ地下の精鋭たちの勝利だった。今はなき有楽町そごうB1階の『新宿中村屋』でバイトしていた時の出来事を、ほぼノンフィクションにてお送りいたしました。向こう三軒両隣、ほのぼの助け合いの頃のデパ地下を思い出します。 (あさだ けんじ/(株)丹青社 商空間事業部第4営業部 部長)
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