コラム * tannet flash
ショップス・ニューウェイブ
朝田 賢治

慮る店、馴染む店、癒しの店


 拙妻の靴は『かねまつ』銀座4丁目店と決まっている。中央通り本店の方が広くて品揃えも良いのでは、と聞くと、逆に広すぎて買い難いという答えが返ってきた。「全ての人に均等のサービスをしている」だけの凡庸さが納得出来なく不満な彼女。自分だけに提供してくれるセレブな心配りに癒されたい様子。
 
 良く行く馴染みの寿司屋があった。玄関を入るとすぐにL字型のカウンターがあり、その短か手側が居心地の良いいつもの場所。「あいよ、朝田さん、久しぶり」「何いってんの、先週も来たじゃないのよ」とお決まりの戯言の間に、黙って好物のオゴ(緑の海藻)が盛られたお通しが出てくる。「いつものやつ」続けて注文を告げる。連れ立った友人に一瞥をくれて、「何にする」と余裕をかます。
 
 店主が言っていたが、必ず客の名前は覚える。「○○さん、いらっしゃい」と名前を呼んで招き入れると言う。客の顔と名前を覚えればサービスの幅が広まる。アポイントを入れ客先を訪問したとき「○○様ですね、お待ちしておりました」という一言で、随分気持ちが晴れやかになった経験が誰しもないだろうか。レストランやショップでも同じこと。親愛込めて名前で呼ばれることは、お客にとって嬉しいこと。連れが居れば馴染みであると自慢もできる。馴染みの店は何時だってマイブーム。仕事の垢も流してくれるし、恋愛の結末も見届けてくれる。
 
 貞廣一鑑氏(ラブ代表)が上目黒で開いた『Chano-ma』の空間は、わざとらしくない扱い慣れた素材の触感に囲まれ、普段着で訪れる知友を慮る。もてなす料理は京おばんざい。内装と同様決してインパクトあるものにしようなどとは考えていない。当世のライフスタイルをさりげなく提案し、創られた無機質なサービスは無く、飾らない朱色の灯りの中に蕩けて行く。
 

 
 「慮る心」とは何か?いつ何時でも、顧客の要望に答えようとする、もてなしの心であることは間違いないが「サービスする心」に比べもっと奥が深い。常に相手(顧客とは限らないが)の希望していることを先見で捕らえ、その期待に、あるいは咄嗟の事件に対処、行動する姿勢である。デリケートでありすぎて一言では表現しきれない。
 
 会話をすることを、言葉のキャッチボールなどと表現することは多い。男の子ならば誰しも父親とキャッチボールをしたことがあるだろう。振り返れば、他愛のないその親子の戯れに実に多くの「慮る心」の教育が内包されていた。キャッチボールは相手が一番捕りやすいように、胸をめがけて投げることが基本。これは「思いやり」であり、「基本ルール」。高く投げてしまったり、ショートバウンドしたら「ごめん」と声をかける 「謝罪」の一歩。高すぎて捕れなくても「大丈夫」と相手を気遣う「寛容さ」を学ぶ。相手が小さい子だったり、女の子だったら、そっと緩やかな球を投げる。力の「加減」、そして「優しさ」を学ぶ。
 
 「慮る心」はマニュアルでは表現しきれない。サービスのマニュアル化は客のためであって、仕事の効率化のためではない。「ハンバーガー20個下さい」とマクドナルドの客。「店内でお召し上がりですか?」と店員。笑い話でよく使われたこのやりとりは、実はマニュアル依存の接客サービスの落とし穴を風刺した。米国で花咲いたマニュアルという超合理的であり効率的な手法にはかえってその逆に、不器用な面も多くあった。
 
 マニュアルは最低限守るべきルールであって万能でもなければ、最高のサービスのシステムでもない。本当の顧客満足はそのマニュアルの外側に超然と存在する。『ずっと。あなたの顧客でいたい』と常に期待させて止まない、この『カスタマーロイヤリティ』を抱けるお店を、あなたはいくつ持っていますか?
 
(あさだ けんじ/(株)丹青社 商空間事業部 第3営業部 部長)

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