ケーススタディ

秋葉原再開発

よりダイナミックに、より劇的に
変貌を遂げつつある街、アキハバラ

 


 
時代の先端をゆくテクノロジーに未来の夢を見た
 
 この写真は、丹青社別館(弊社本社ビルの前に位置する)の屋上から見た秋葉原再開発対象エリアの現地写真である。JR秋葉原駅の住所は千代田区外神田であり、別館のあるこの場所の住所地名は、台東区秋葉原という。千代田区とは違うが、私たちの会社は、間違いなくアキハバラにある。
 
 この場所に本社を構えて25年。関連会社も含めて1000人強の社員の半分は、秋葉原地域を通過して出勤している。また、モノづくりが好きな社員たちは、昼休みには秋葉原電気街に遠征し、電気機器(とくにパソコン)のパーツを買い漁ったりしている。1000人もいれば、なかにはフィギュアやアニメオタクだっているかもしれない。ともあれアキハバラは、私たちにとってきわめて身近な存在であり、愛着を抱きつづけてきた。私たちは、紛れもなくアキハバラの住人であると自負しているのだ。
 
 そのアキハバラに再開発の波が押し寄せている。これまでもアキハバラは、時代の変化に合わせるように私たちの前にさまざまな顔を見せてきた。都民の台所といわれた神田のヤッチャバ(旧東京青果市場)の跡地を中心に進む再開発事業によって、かつてないほど大きく変貌を遂げようとしている。
 
 
 JR秋葉原駅西口にぽっかりと広がっていた大きな空間。実際に現地に行かれたことのある方はおわかりだろうが、ここにはいま建設の槌音が鳴り響いている。秋葉原が変わりつつあることを実感させてくれる光景だ。秋葉原駅周辺には、この西口一帯の広場と、JRの高架を挟んで反対側の東口広場に空き地や未整備地があって、主にこのあたりが再開発の対象となっている。土地所有者という点からいえば、東京都と日本鉄道建設公団が主要者ということになろう。
 
 実際の再開発計画は、別掲の図を見ていただくとわかりやすいが、まず、今年2月、都有地約1万6000m2を対象に東京都が公募したコンペで買い受け業者として決定した、エヌ・ティ・ティ都市開発(株)と鹿島建設(株)が出資するユーディーエックス特定目的会社とダイビル(株)のグループによるITセンター計画がある。実際には土地が2つに分かれているため、建設される2棟の建物はペデストリアンデッキで結ばれる形になるようである。事業提案によれば、いずれも情報インフラを整備した超高層ビルで、UDXによる街区ではオフィス、集客機能、都市計画駐車場などの機能を、ダイビルの街区ではオフィス、産学連携機能、情報ネットワーク機能、集客機能などを備えたものになるという。
 
1 ダイビル
ITセンター他
地上31階地下2階(延床面積約49,000m2)
2003年5月〜05年3月工事予定
2 UDX(NTT都市開発・鹿島建設)
ITセンター他
地上23階地下3階(延床面積約158,000m2)
2003年8月〜06年1月工事予定
3 鹿島建設
共同住宅
地上40階地下1階(延床面積約40,448m2)
2002年6月〜04年工事予定
4 神田消防署
地上12階地下2階(延床面積約12,065m2)
2001年10月〜04年工事予定
5 清算事業本部用地(2002年処分予定)
6 東京青果(計画中)
7 富士ソフトABC(2001年落札・計画中)
8 清算事業本部用地
9 ヨドバシカメラ(2001年落札・計画中)
10 つくばエクスプレス秋葉原駅(2005年度開業予定)
11 東口広場整備
12 つくばエクスプレス用地
13 東西通路整備
 
 もうひとつ大きな動きとして、つくばから秋葉原に至る常盤新線の開通がある。これに伴い、つくばエクスプレス秋葉原駅が開設され、その駅に隣接する形でヨドバシカメラが進出することが決まっている。また千代田区も、これまで手つかずだった秋葉原駅東口広場の整備と東西を行き来する通路の整備をJRに働きかけながら進めていくとしている。
 
 これだけを見ても駅を中心としたエリアが大きく変貌することは明らかだが、街が生まれ変わることによって新たな人、情報、マネーが集中し、それが原動力となってさらに変貌を遂げるのが街というものだ。
 
 もちろん、街づくりということでは、これら事業者のみならず、地元住民や商工業者、千代田区にとっての問題でもある。こうした主体者が秋葉原の発展に向けて意識を共有しながら取り組んでいくことが街づくりの前提である。そのための場として、地元町会・団体、開発事業者、行政の参加する「秋葉原駅付近地区まちづくり推進協議会」が設立され、議論が行なわれてもいる。
 
 ともあれ、いま、大きな転換点を迎えている秋葉原。昔ながらの秋葉原に愛着を感じる人にとっては寂しさを感じるかもしれないが、そもそも秋葉原がそうして活気のある街に成長してきたことを考えれば、いかにダイナミックな変貌を遂げようとも、“秋葉原らしさ”を失うことはないのではないか。そんな思いも込めて、これからの秋葉原に期待したい。
 
 


アキハバラ小史
文字通りの“原っぱ”から“世界のアキハバラ”へ
 
 江戸時代に火事が多すぎたことから、明治3年になって火除けの神様の秋葉大権現を勧請した(いまは台東区松が谷に移転)ことから、秋葉様の原っぱが転じて秋葉原という地名がついた。区名すら定かならざる頃で、千代田区外神田から台東区上野5丁目あたりに、その原っぱがあったようだ。
 
 有名な電気街は、もともとは都電(市電)のターミナルになっていた神田須田町にあったが、戦後――とくに都電がなくなった後――戦災で焼け野原になっていた、現在の秋葉原駅周辺に引っ越してきたようである。
 
 長らく電気街として有名を馳せた秋葉原だが、ここ数年、街の性格は明らかに変わりつつある。大まかにいうと、電気街→マイコン街→パソコン街→PCパーツ街→ジャンク街というように変貌してきたのだが、それでもこれまでは電気・IT関連の街でありつづけてきた。ところが1992年に、ラジオ会館4階に「海洋堂」が出店してからというもの、徐々にフィギュアやアニメの街へと様相を変えつつある。いまでは中央通り周辺にはそのテのショップが溢れているほどだ。
 
 時代の変化に合わせて主力商品を貪欲なまでに取りかえることで、エネルギッシュな街として成長力を保ってきたアキハバラ。21世紀を迎えて、これからどういう街になっていくのか、大いに楽しみである。
 
[参考]秋葉原ホームページ
(秋葉原電気街振興会作成)「秋葉原の歴史」
http://www.akiba.or.jp/history/index.html

 
昭和初期の秋葉原・万世橋付近と、現在の万世橋周辺。当時の写真は、現在の万世ビルのところから撮影されたようだ (資料提供: 秋葉原電気街振興会)

 

 
秋葉原PHOTOレポート
 
着々と進む
駅周辺地区の再開発
(左)・(中)●2005年の開通に向けて工事が進むつくばエクスプレス。JR総武線の高架を挟んで東口と西口の交通広場がその用地。開通すると、つくば−秋葉原間をおよそ45分で結ぶことになるという。
(右)●いま、秋葉原駅周辺を歩くと必ずこのような光景に出会うが、建設は日々進み、これもたちまち過去の光景になりつつある。
 
駅周辺の様相も
少しずつ変化
秋葉原を訪れる人には馴染み深い「アキハバラデパート」は、外観は変わらないながらもリニューアルされ、駅前に聳える、これもお馴染みの「ラジオ会館」もいつの間にか装いを新たにしている。コンピュータや各種のパーツを扱う小店がひしめき合っている様は昔ながらといえるが、そこも少しずつ変わりつつあるようだ。
 
その象徴ともいえるのが、1992年にラジオ会館の中に出店した「海洋堂(ホビーロビー東京)」である。秋葉原がフィギュアやアニメの街へと変貌していく端緒を開いたのが、食玩の分野で広くファンを獲得した、この海洋堂ではないかといわれる。マニアにはもちろんだろうが、圧倒的な品揃えと精密なつくりは、とくにこのテのものに興味がない人でもついつい見入ってしまうだけの迫力がある。なぜ秋葉原なのか、は明確ではないが、「パソコンやゲームなどのマニアックな人たちが集まるようなところなら需要があるはず」というのは、納得できないではない。
 
変わる秋葉原、
変わらない秋葉原
今年10月10日、ラオックスがオープンさせた「Aso Bit City」。ゲーム機からパソコンソフト、フィギュアや模型、アダルトソフトまでを扱うエンターテインメントショップである。ミナミ無線電機からT-ZONE、そしてこのショップへという変化は、秋葉原の移り変わりを端的に現わしているようである。
 
将来的にどうなるかはわからないが、変わらない秋葉原もある。ビルの間に見えるJRの高架は秋葉原の見慣れた光景であり、象徴的存在でありつづけた電器店も健在だ。また、扱う商品や店舗が変わっても、掘り出し物はないかと探し歩く人々の姿は変わらない。こういう風景に秋葉原を感じる人はまだ多いのではないだろうか。
 
※ここで使用している秋葉原の街の写真は2002年10月に撮影したものです。
 

 
小野 由理氏/(株)三菱総合研究所 地域政策研究センター 集客・交流マネージメントチーム 研究員
 
産業トレンドの先行指標としての秋葉原 
秋葉原のもつ吸引力に、
知識型産業育成の中核的役割を期待する

 
 世界に名だたる秋葉原電気街。この街は、電気部材の卸、家電の卸、小売、PC、最近はアニメの小売へと、時代の要請に応え、扱う商品や顧客を変化させ、既存の事業に新しい事業を付加しながら発展してきた。一方で、いわゆる電気街といわれるエリアは秋葉原駅北側の2〜3ブロックに限られており、一歩外側は、日本一のソフトウエア開発ベンチャー企業集積エリアとなっている。
 
 こうした商業も含めた特徴的な産業集積がみられる地域に、一大再開発話がもちあがった。秋葉原駅前再開発がそれである。2005年のつくばエキスプレスの開通を目途に、駅前の8.8ha(内、都有地1.6ha)を再開発する。弊社はこのプロジェクトに対し、2000年6月〜2001年12月まで、「アキバ・デジタル・ショーケース民間研究会」を開催し、東京都などの地権者(当時)に対し、民間企業の立場から提案してきた。賛同企業は、のべ47社にのぼり、民間企業の秋葉原開発への関心の高さは特筆すべきものである。
 
 たとえ世界の秋葉原であっても、Eコマース、郊外型量販店などの攻勢を思うと、いわゆる物販の集積拠点としてだけで秋葉原が生き残っていくには限界がある。これまでもそうであったように、秋葉原は次のステージへとステップアップしていかなければならない。次の時代の秋葉原のテーマはIT産業の集積地であり、その中核機能を秋葉原再開発はもつべきである、というのが提案の主な趣旨であった。流行のクラスター理論的にいうと、古典的な「規模の経済性」と「近接性の利益(物流、情報コストの削減)」だけでなく、新しいアイディア、ソフトウエア、サービス、製品を生み出す「イノベーション機能」を保有することで、秋葉原ブランドの拡大発展的な循環を促す「コア」を創るべき、ということだ。
 
 提案が受け入れられたのか、そもそも時代の要請だったのか、地権者であった東京都は、土地の売却に同開発を「ITセンター」とする条件をつけて、処分を行った。現在、買受者であるUDXグループ(ダイビル、NTT都市開発、鹿島建設)がその趣旨に従ったプランニングを行っている最中である。
 
「アキバ・デジタル・ショーケース民間研究会」提案から1年が過ぎようとする今、追加で次のような提案をしておきたい。
 まず、テーマとする産業の明確化。「IT」ではいかにも漠然としている。そこでITの総合技術である 「ロボット産業」をテーマとしてはどうだろうか。ロボット産業は、2025年には8兆円産業(ロボット工業会試算)と言われる期待の成長産業である。パソコン産業の市場規模が2兆円というのだから、その規模の大きさがうかがえる。現状では、研究と産業の乖離(マーケットニーズを捉えきれていない)、技術レベルは比較的優位にあるが圧倒的な世界一というわけではないこと、ベンチャー的な試みが事業化を進める分野であるがなかなかそうした環境にない、等の課題を抱えているといわれる。しかしながら、アトムに代表されるように、日本の強みは世界で最もロボットを社会に受け入れやすい市場であることにある。ロボットを組み立てる部品の多くは秋葉原電気街にあり、その研究開発に携わる技術者の多くは秋葉原ファンである。こうした将来性のある産業を育てる場所として秋葉原の吸引力を活用していってほしい。
 
 21世紀の都市には、知識型産業を育む土壌としての役割がより強く求められる。秋葉原も同様であり、知識型産業の一形態としてのロボット産業を育む中核として、ITセンターは発展していってほしい。そのためには、ITセンターの開発に伴う人材、資金、空間などのアセットを、施設の竣工前に使い果たしてしまうのではなく、竣工後にも活用できるバッファ=継続的な産業支援の仕組み、を取り込んだ開発にしてほしいものだ。産業振興とまちづくりをつなぐ、都市再生のひとつのモデルとして、同事業が展開していくことを期待してやまない。
 
おの ゆり
[略歴]
1994年3月
東京工業大学大学院総合理工学研究科 修士課程修了(社会工学専攻)
1994年4月 (株)三菱総合研究所 入社
現在 地域政策研究センター 研究員
[専門分野]
都市政策、都市マーケティング、大規模集客施設事業計画立案

 

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