ケーススタディ

倶知安風土館 
小川原脩記念美術館

“地域に開かれた”ミュージアムへのチャレンジ
地元の人々と一体になったあり方を求めて

 
 札幌から西へ車でおよそ2時間。大空に堂々と聳える羊蹄山の雄姿を望む人口1万6000人ほどの町、倶知安。スポーツ好きの人なら、夏は羊蹄山やニセコ山系への登山、冬はニセコひらふ国際スキー場を思い浮かべるかもしれない。大きく広がる青空と豊かな森、ニセコ山系から吹き降ろす豪雪と、四季折々の変化が息づく町である。 
 ここに今年7月13日にオープンした「倶知安風土館」、そして3年前の99年11月3日にオープンした「小川原脩記念美術館」という、敷地を共有する二つのミュージアムをレポートする。


倶知安風土館
 
地元のことは地元の人に聞け
参加する事で親しみを抱ける施設に

 
 この2つのミュージアムは、同町の日体大の陸上グランドだった跡地を活用してつくられたもので、倶知安風土館はこの敷地にあり同大の倶知安校舎として使われていた建物に一部手を加える形で完成した。
背後に羊蹄山を仰ぎ見る美術館。これに向き合う形で風土館が設けられている

 鉄筋コンクリート2階建て、延床面積約1800m2の館内は、1階に体験学習室や工作室、学習室などを配し、2階を展示スペースにあてている。展示は大きく2つに分けられ、ひとつは、倶知安町を中心にしたこのエリアの広大な航空写真や倶知安の森の自然と生き物の営みを知るための「自然と環境」のゾーン。もうひとつがこの町で営まれてきた人々の暮らしと文化に触れる「暮らしと文化」のゾーンで、小室に区切られた6つの展示室は、昭和の時代の人々の住まいや学校の教室を再現した「すまう」「学校」、当時の子供たちの遊びがうかがえる「この指とまれ」といったテーマごとにまとめられている。ある世代以上には懐かしく、そしてまさに、自分たちが営んできた暮らしそのままの姿がそこにある。
 
 
(左)●既存建物を活用した倶知安風土館の前には、かつて活躍した消防車が置かれ、空きスペースを利用したそば畑もある
(中)●羊蹄山とその麓に広がる町々を航空写真に収めた「くっちゃん空中散歩」のコーナー。窓からは正面に羊蹄山を望むことができる
(右)●吹抜けのエントランス部。奥の階段を上がると「くっちゃん空中散歩」の展示へ至る
 
 
 もともとは全国各地でよく見かける郷土資料館づくりを目指していたという同館が、紆余曲折を経ながら現在のような構成になったのは、「ただ資料を並べて展示するだけで、一度行ったらもう行かないというようなものにはしたくなかったですし、自然のなかにあってはじめて自分たちも生きているということを理解できるものにしたかった」(館長・矢吹俊男氏)という思いと、「地域に開かれた博物館を標榜するところは多いのですが、本当にそうなのか」という自身への問いかけがあったからだった。
 
 それなら「自分たちで本当に地域に開かれた博物館づくりをしてみよう」というある種のチャレンジ精神に突き動かされたといっていい。実際に館に足を運んでみるとわかるが、展示されている資料はどれも手にとって触れることができるし、通常の博物館には当たり前のようにある解説パネルなどもほとんど見当たらない。「わからないことはまず聞くのが一番いいし、触れさせることで資料が壊れる心配をしがちですが、現実に壊れることは少ない」(矢吹氏)ようで、ものを壊さない、大切にするという最低限のルールを子供たちはここで学ぶことになるのかもしれない。
 
(左)・(中)●身近な自然について考える「自然のいとなみ」。とくに解説らしい解説もないが、所々にQ&Aが隠されている。展示品には自由に触れられるので、時々場所が移動していることも…。パソコンでは豊かな自然の風景アルバムを検索して見ることができる
(右)●木の机とイスが懐かしい「学校」。こうした展示にも解説はほとんどない
 
 
 むしろ、ここでは逆の現象も見られる。いつの間にか展示品が増えているのだ。ここを訪れる町の人たちが、自分の家にあった古いものを勝手においていってしまうからだが、「ここで生活してきた人にとっては、ここの住まいの様子は少し違うということなのでしょう。それは個人個人でそれぞれ違うはずですが、それを違うとは私どもはいいません。むしろ地元のことは地元の人たちのほうがよく知っている。実はここがオープンするまでにも、多くの人に話を聞いたり、実際に展示づくりのお手伝いをしていただいたのです」(矢吹氏)というように、地域の人たちが関わりながらつくり上げられてきたのが、この風土館なのである。また、そうであるだけに地域の人たちにとっては親しみのもてる施設であるのだ。
 
 だからオープン後も、来館者として度々足を運ぶ人、ボランティアでテーブルやイスを修繕する人、草刈りをする人などの姿が日常的にみられる。こうして風土館は、これからもどんどんと変わっていくだろうが、その変化こそ、地域の人々が自分たちの施設として風土館に参加していることの証でもある。
 
(左)●町の人たちの記憶によって少しずつ変わっていく「すまう」の展示
(中)●当時の子供たちの遊びの様子をうかがわせる「この指とまれ」
(右)●駅舎の内部を再現。鉄道に関する資料を集めた「鉄道」
 
(左)●スキー板や炊事用具などを集めた「むかしむかし」
(中)●商家の帳場を再現し、壁面には昔の商品看板が並ぶ「あきなう」
(右)●元倶知安高校教諭で植物学者の故桑原義晴氏が羊蹄山で採取した植物標本を展示した「桑原コレクション」
 
 
 

データ 2002年9月現在

[所在地] 北海道倶知安町北6条東7-1
[連絡先] TEL.0136-22-6631
[オープン] 2002年7月13日
[事業主体] 倶知安町
[運営主体] 倶知安町教育委員会
[延床面積] 1800m2
[構造・規模] R造・地上2階建
[施設内容] 体験学習室/水性生物飼育室/工作室/学習室/貯蔵庫/くっちゃん空中散歩/自然の営み/企画展示の場/桑原コレクション/むかしむかし/学校/あきなう/この指とまれ〜あ・そ・ぼ〜/鉄道/すまう
[総事業費] 307,422,000円
[入館料] 一般200円、団体(10名以上)100円
※高校生以下および小川原脩記念美術館観覧者は無料
[開館時間] 9:00〜17:00
[休館日] 火曜日および12月31日〜1月5日

 


小川原脩記念美術館
 
美術館の固定観念にとらわれない
その人なりの過ごし方ができる施設に

 
 同じように、これまでとは違った美術館の姿を追い求めているのが「小川原脩記念美術館」である。 
 同館は、惜しむらくも8月に他界されてしまった同町出身の画家・小川原脩氏の作品を紹介する美術館である。美術館の開設計画自体はかなり以前からあったようだが、何度も計画の見直しが行なわれるなか、市民グループ「小川原脩の絵を考える会」の要望や氏本人からの作品の寄贈などを受けて実現に至ったもの。
 
 雄大な羊蹄山を背景に、謙虚な姿でたたずむように見える同館には、建物の設計段階から、まだ存命だった小川原氏からも「建物が自己主張するような施設、自然と対峙するような建物にはしてほしくない」という要望も出され、町としても同氏がかつて旅したチベットの風景のなかで自然と同化し、やがては風化していくようなイメージの建物を考えていたという。
 
 そのため、あえて平屋建ての形態をとった施設は、内部も2つの展示室と映像ギャラリー、ホールというシンプルな構成。展示室以外に間仕切りはなく、ホールから事務室までがすべてオープンスペースという開放的な空間である。テーブルにはフリーのコーヒーが用意され、ホールのガラス張りの壁を通して羊蹄山を一望できるとあって、「ここではいろいろな過ごし方をされる方が多いですね。作品を見て感動し、ホールから羊蹄山を見てまた感動し、コーヒーを飲んで帰っていく人とか、半日以上ホールにいて作品を見ずに帰る人とかいろいろです」と同館の館長も務める矢吹俊男氏はいう。
 
(左)●美術館入口。自然石と天然木を用いたシンプルな建築が追求された
(中)●346m2の広さをもつ第1展示室
(右)●企画展示が行なわれる第2展示室
 
 美術館に行くと、そこの緊張した雰囲気から思わず体が硬くなってしまうという人も多いのではないかと思うが、ここでは「そんな肩肘張った見方はしてほしくない」ということなのだろう。もちろん作品を鑑賞するための空間・環境づくりにはしっかりと注力されているが、「美術館では静かにしなければならないという暗黙の了解があって、感動して声を出すこともできないし、展示室には必ず監視する人がいてきつい視線を感じたりする。質問もできないし、絵に近寄りすぎると注意される。ここはそういう美術館にしたくなかったし、見る人がもっと自由に自分のスタイルで見られるようにしたい」(矢吹氏)というのが基本的な考え方であった。だから、作品には(本人の了解を得て)ガラスを入れていないし、ベンチに寝そべって見てもらってもいいのだという。
 
 同館はもともと観光客誘致ではなく、第一義に地元の人たちに利用してもらうための施設である。したがって、いかに地域の人たちに利用してもらうかが当初からの課題であった。そのために頻繁に展示替えを行なったり(昨年は12回実施された)、展覧会やワークショップなどを行なったりと工夫を凝らしている。ただ、芸術に触れる、学ぶというスタンスで行なっているのではないことは確かだ。小川原脩氏の作品をモチーフにした絵本を親子でつくるとか、氏の作品のタイトルにみんなで名前をつける「題名のない展覧会」、「あなたが選ぶ展覧会」など気軽に入れる入口を用意している。
 
「でもそれをしっかりとフォローし継続していくことが大事。私どもにも適切なアドバイス、指導をしていけるだけの力量が求められますが、そうした積み重ねによって施設にも親しみをもっていただけるのでは」(矢吹氏)と、今後も試行錯誤していく姿勢をみせている。 
「ホールの利用は無料ですので、よく近くの中学生がテスト前になるとここに勉強しにきています。疲れると作品をみたりして『癒される』なんていっています(笑)」と、本当なのか冗談なのかわからないが、でもそれが不思議に思えない雰囲気をこの美術館はもっている。「絵は描きたい人が描けばいい」と語ったという小川原氏の、どこか温かみを感じさせる言葉が、そのまま表われているようである。
 
(左)・(中)●羊蹄山やニセコ連峰を望む開放感溢れるホール

(右)●小川原氏の作品とチベットなどのアジアの風景を織り成すように編まれた「アジアの大地」が上映される映像ギャラリー
 
小川原 脩●おがわらしゅう
1911(明治44)年、倶知安町生まれ。旧制倶知安中学を卒業後、東京美術学校油彩科に入学。在学中に帝展に入選。卒業後、個展を開きながら美術文化協会創立に関与し、戦後、倶知安に戻った。60歳を過ぎてからチベット、中国、インドなどを訪れ、新境地を拓く。
 
※8月29日に小川原脩画伯が急逝されました(享年91歳)。ご冥福をお祈り申し上げます。

 

データ 2002年9月現在

[所在地] 北海道倶知安町北6条東7-1
[連絡先] TEL.0136-21-4141
[オープン] 1999年11月3日
[事業主体] 倶知安町
[運営主体] 倶知安町教育委員会
[延床面積] 約1,300m2
[構造・規模] R造・平屋建
[施設内容] 第1展示室(常設展示)/第2展示室(企画展示)/ホール/映像ギャラリー/データベースシステム
[総事業費] 831,942,650円
[入館料] 一般500(400)円、高校生300(200)円、小中学生100(50)円
※(  )内は10名以上の団体料金
[休館日] 火曜日および12月31日〜1月5日

 


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