ケーススタディ 特集

今、昭和30年代ブームだといわれています。その頃生きていた訳でもないのに若者にまで大人気です。 昔懐かしい街並み、住居、家具。そして若かりし頃の昔話。
まして高齢者には、自分たちが一所懸命に生きて、喜び悲しみを共にしてきた時代はひときわ感慨に溢れたものなのでしょう。
私たち丹青社は、そうした昭和30年代の街並みや施設や家具などを多く作ってきました。
それを見た病院関係者の方から、「これらを認知症の医療に使えないか」という意見をいただきました。 こういう療法を「回想法」というのだそうです。まだまだ数は少ないのですが、そのような施設を紹介します。


西伯病院「思い出街道」

認知症デイケアの廊下に昔の街並みを再現

  認知症のケア方法として「回想法」への取組みが、近年、全国的な広がりを見せてきている。回想法とは、高齢者が同世代の仲間などと懐かしい思い出を語り合ったり、聞いてもらうことで、楽しかった昔のことなどを思い出す。そうして、心や脳に働きかけることで、感情や意欲を保ち、さらには、向上させようとする心理療法である。
  記憶を蘇らせる手段としては、過去の建物や風景の写真や絵、昔懐かしい生活用具や玩具などが用いられることが多いが、鳥取県南部町の「南部町国民健康保険西伯病院」では、2005年10月に全面改築したのを機に、環境演出からの回想法への取組みとして、重度認知症デイケアの廊下に昔の街並みを再現した「思い出街道」を設置した。
  JR米子駅からバスで約20分、国道180号線沿いに建つ「南部町国民健康保険西伯病院」。"地域住民への安心の提供"を基本理念に、地域における保健・医療・福祉の拠点として、その役割を担う
JR米子駅からバスで約20分、国道180号線沿いに建つ「南部町国民健康保険西伯病院」。"地域住民への安心の提供"を基本理念に、地域における保健・医療・福祉の拠点として、その役割を担う
  西伯病院は「西伯町国民健康保険西伯病院」(西伯町は04年10月に会見町と合併し「南部町」が発足)として1951年に開院した地域の中核病院であるが、施設の老朽化に加え、2000年の鳥取県西部地震でも影響があったことなどから、病院南側の駐車場に移転・全面改築されることになった。
  改築にあたっては、鳥取県第2の都市である米子市の隣接地にあり、「病院経営の観点からも施設の特色を出していく必要がある」(西伯病院庶務係長・戸田幸治氏)との判断から『在宅・メンタル・IT』をキーワードに設定して、病院施設のあり方について検討が進められた。
  特に「メンタル」については、それまでも「物忘れ外来」を設けて認知症治療に取り組むなど、改築前から一般科の医療とともに精神科を中心とした「心(メンタル)の医療」を柱に位置づけていたが、それをより特徴づけることで周辺の医療施設との差異化を図ることを狙った。
  そして、都市部に比べ高齢者比率の高い地域特性を踏まえ、メンタルのなかでも高齢者への対応を図っていくことを特に重視。デイケアの設置と、そこでの回想法への取組みも、そうした考えからのものである。
「思い出街道」については、建築の観点から、認知症患者に対する回想的環境の治療効果の取組みを、病院や高齢者施設で行っている千葉大学の中山茂樹助教授とコラボレーションを組み整備が進められた。
  西伯病院では、回想的環境の認知症患者への治療効果について、同病院の精神科の医師と共同で検証に取り組んでいくなど、中山助教授とは今後もコラボレーションを続けていく予定である。
  また「思い出街道」も現在は、回想的環境演出がなされているのは廊下の片側だけだが、「中山先生との取組みにより、回想環境が認知症に治療効果があるということが検証されれば、廊下の反対側や室内についても回想環境の演出を施していきたい」(戸田氏)考えである。

「思い出街道」イメージスケッチ
「思い出街道」イメージスケッチ

認知症デイケア、もの忘れ外来、認知症専用病床20床などを整備。高齢社会に対応した病院として、高齢社会における地域包括ケアシステムの構築を目指す デイケアセンターの扉を開けた正面に木の庇の上で眠る猫の姿が目に飛び込んでくる ケアルーム内に設けられた「畳の間」にはコタツが置かれるなど、高齢者の思い出に残る生活様式を再現
左●認知症デイケア、もの忘れ外来、認知症専用病床20床などを整備。高齢社会に対応した病院として、高齢社会における地域包括ケアシステムの構築を目指す
中●デイケアセンターの扉を開けた正面に木の庇の上で眠る猫の姿が目に飛び込んでくる
右●ケアルーム内に設けられた「畳の間」にはコタツが置かれるなど、高齢者の思い出に残る生活様式を再現
 
"昔懐かしい風景"を再現した「思い出街道」。10月8、10日に開催された内覧会には2日間で約1,200人が参加したが、「思い出街道」を見学した人はみな微笑ましい表情を浮かべていたという
 
天井の照明演出が朝の風景から夜景までが自動的に切り替わる 天井の照明演出が朝の風景から夜景までが自動的に切り替わる
天井の照明演出が朝の風景から夜景までが自動的に切り替わる
 
植栽を施した「中庭」を設けるなど冷たいイメージになりがちな病院内での"和みの空間"の創出に力を入れている 南部町で製造された杉集成材を使用するなど、和風のやわらかい雰囲気のエントランス
左●植栽を施した「中庭」を設けるなど冷たいイメージになりがちな病院内での"和みの空間"の創出に力を入れている
右●南部町で製造された杉集成材を使用するなど、和風のやわらかい雰囲気のエントランス
 

 
中山氏 インタビュー

西伯病院「思い出街道」を監修
千葉大学工学部デザイン工学科 建築コース助教授/

中山 茂樹

「回想的環境」の認知症の方への
効果を検証していきたい


 心理療法の領域では「回想療法」という言葉が使われていますが、私達は建築の立場から「環境回想法」ということを提唱しています。
 今回は西伯病院で「思い出街道」のお手伝いをさせていただきましたが、その前に、千葉市の病院で「環境回想法」に取り組む機会がありました。
 その病院では、院長先生は「思い出療法」とおっしゃられていましたが、回想療法に関心をもたれていました。「思い出ミュージアム」と名づけて、病院1階のロビーに昭和30年代を模した書店を設け、古い絵本や遊び道具などを展示されていました。
 私達は、そこで、移動型の「屋台」の製作などを行いました。屋台は「家族会の日」や「お花見会」などの行事で『おでん屋台』として使われていますが、これは非常に評判がよかった。さらに座敷コーナーなどもしつらえました。
 私達は回想的環境というのは、内装造作に見られる視覚だけではなく、味覚や嗅覚、聴覚、触覚など、五感すべてに訴えかけるものだと捉えています。
 また「屋台」の評判は、認知症のお年寄りによかったのはもちろんですが、お越しになられた家族の方にもよかった。と言うのも、家族にとって、面会に来たときの話題というのは、毎回そうそうあるわけではないので、「屋台」をきっかけに、いろいろと話が湧き出てきたということでした。
「回想法で本当に認知症が治るのか」ということは、現在でも医学的にいろいろと疑問があるようですが、回想的環境に置かれたことで、認知症の方の「問題行動」が極端に減ったという事例は実際にたくさんあります。
 今回の思い出街道の設置を機に、西伯病院さんとは今後も、回想的環境が認知症の方にどのような効果があるかという検証を共同で行っていこうという話をさせていただいています。

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