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■ケーススタディ
日本海海戦100周年の年に
リニューアルされた国際的記念艦
記念艦三笠
日本海海戦に関する数多くの写真・絵画、当時活躍した人々の遺品などを展示している記念艦「三笠」が、2005年2月1日にリニューアルオープンした。
日露戦争は1904(明治37)年2月6日に開戦し翌05年9月5日に終結したが、その帰趨を決したのが日本海海戦(1905年5月27〜28日)であり、その海戦においてロシアバルチック艦隊を撃破した連合艦隊の戦艦が「三笠」である。
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(左)●日清戦争の下関講和条約に対するフランス、ドイツ、ロシアによる「三国干渉」に屈した日本は、対抗できる海軍力を整備するため「海軍拡張10年計画」により戦艦を外国から調達し艦隊を強化。1902年イギリスのヴィッカーズ造船所で竣工した戦艦「三笠」はその最終艦。1926年に記念艦となり、横須賀市の三笠公園内の海岸に固定・保存されている
(中)●「三笠」は1903(明治36)年12月26日に東郷平八郎司令長官が乗艦する連合艦隊旗艦となる。三笠公園に建立されている東郷元帥の銅像を中心とし、三笠を背景とする角度は来艦者が記念撮影を行う絶好のスポットになっている
(右)●最上艦橋。日本海海戦直前、東郷司令長官はこの場所に立ち、対馬海峡を北上するバルチック艦隊と対峙し、敵の先頭を圧迫する左大回頭(トーゴーターン)の好機を待っていた。足下の丸いプレートは、その時立っていた場所のマーク
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その後も「三笠」は帝国海軍艦隊の要として活躍したが、1926(大正15)年に記念艦となり、以来、イギリス・ポーツマスに保存されている「ビクトリー」、アメリカ・ボストンに保存されている
「コンスティチューション」と並ぶ『世界三大記念艦』として、歴史のモニュメント、そして貴重な歴史博物館として親しまれてきた。
しかし、先の大戦で日本が敗れ、進駐した連合軍の指示により上甲板の構造物がすべて撤去され、そこにダンスホールや水族館が作られて遊興施設となり、記念艦としての性格と形態を失い極度に荒廃していった。
この惨状がジャパンタイムスで報道されると「三笠」を復元すべしとの声が高まり、内外の多くの人々が復元のための募金に応じ、復元後の維持運営に当たるため1958年11月に三笠保存会が設立(1960年に財団法人化)され、翌59年10月に復元工事を開始、1961年5月に復元が完了した。
日本海海戦100周年に当たる記念すべき年に実施された今回の展示改装では、「三笠」の観覧を通じて明治の歴史を理解できるように、日露戦争当時の世界情勢、近代国家建設のため懸命に歩みはじめた日本の状況、列強の植民地支配、帝政ロシアの極東進出などの解説を新設し、アジアの一小国に過ぎなかった日本が超大国ロシアとの開戦に踏み切らざるを得なかった歴史的背景を来艦者に正確に伝えることができる展示とすることに力を入れた。
また、国際的な記念艦として海外からの来艦者も少なくないことから、展示解説は日本語だけでなく英語の表記も加えるとともに、音声ガイダンスを新設し、主要な展示については日本語と英語での説明を聞けるように改装された。
これまで小学生、中学生は有料であったが、5月1日から無料になっている。
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(左)●「中央展示室」。日露両国海軍の各種記念品や将兵の遺品、勲章などを多数展示
(中)●今回の改装では、日露戦争で活躍した主要な人物、日本海海戦の歴史的意義などの説明を新設
(右)●来賓を応接し、また、重要な会議の場などに使用された「司令長官公室」。東郷元帥の遺髪も置かれている
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(左)●「中央展示室」に展示されている建造時の艦首飾り。菊の御紋の艦首飾りは概ね巡洋艦以上の軍艦に装備されていた
(中)●三笠の建造時の設計図、CGによる展開図も展示
(右)●15センチ副砲室。フィギュアを用いて砲員の動きをわかりやすく表現 |
佐藤 雅氏/
(財)三笠保存会 理事長
三笠の観覧を通じて
明治の時代を正しく知り
将来の教訓とすべきものを掴んでいただきたい
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2年前から日本海海戦100周年に備えて展示の抜本的な見直しを行って改装準備を進めてきましたが、この記念すべき年を迎えるに相応しい記念艦「三笠」にすることができたと思います。5月からは小学生、中学生の観覧を無料にしています。
「三笠」は鋼鉄の戦艦として世界で最も古いものであり、国際的にも評価の高い海事遺産賞を受賞していますが、今回の改装で「三笠」そのものや日本海海戦にかかわる展示物を観覧するだけではなく、当時の世界情勢や我が国の近代化の状況についても知っていただくため、時系列的に展示物の再配置を行い、各区画の展示を一新しました。それぞれの展示室には解説パネルを設け、新たに旅順の地理模型を置き、音声ガイドシステムも導入しましたので、理解しやすく親しみの持てる記念艦になったと考えています。
日露戦争は政治、外交、経済を含め挙国一致して戦った戦争であり、日本海海戦だけが勝利の要因ではありませんが、日本海海戦の勝利が最終的にロシアを講和の席に着かせ、講和が成立したことは事実です。100周年という大きな節目に、どうしてロシアと戦わざるを得なかったのか。どんな人々が活躍し、日本の存亡の危機をどうやって乗り越えたのか。そして、日本海海戦が諸外国にどんな影響与えたのかなどについて思いを巡らせてほしいと思います。
昭和36(1961)年に復元された当時は年間30万人を超える方々が観覧されましたが、その後各地に博物館、記念艦などができたことや歴史的な遺産についての関心が薄れたこともあって、来艦者は約10万人にまで減ってしまいました。
今回の改装後、訪れる方が大幅に増えたことを本当に嬉しく思います。
戦争は絶対に避けなければなりませんし、戦争を美化し肯定するために「三笠」が記念艦になったのではないことは申すまでもありません。
「三笠」の艦内には所見を自由に書いていただくためにノートを置いていますが、さまざまな方が率直な所見を書き綴られています。批判的なものもありますがそれで良いと思います。
自分の国が歩んできた歴史を正しく知らないと、自信を持って外国の人たちと議論ができません。三笠を通じて明治の時代を正しく知り、押し付けではなく一人一人が三笠の観覧を通じて昨日、今日、明日を考え、将来の教訓とすべきものを掴んでいただければと願っています。
なお、改装の一環として、他の博物館等との交流を図り、時宜に適した特別な展示を行うため企画展示室を設けましたので、今後一層幅広い運営に努めたいと思っています。
最初の企画として4月から5月にかけて記念遺墨展を開催しましたが、多くの方々がご覧になり好評をいただきました。
データ
| [所在地] |
神奈川県横須賀市稲岡町82-19 |
| [連絡先] |
Tel 046-822-5225
Fax 046-822-9822 |
| [HP] |
http://kinenkan-mikasa.or.jp |
| [所管] |
国有財産であり防衛庁が管理 |
| [運営] |
(財)三笠保存会が委託を受け保存維持、観覧業務を実施 |
| [三笠の要目] |
排水量15,140t 全長122m 巾23m |
| [観覧時間] |
4〜9月 9:00〜17:30
3・10月 9:00〜17:00
1・2・11・12月 9:00〜16:30 |
| [休艦日] |
12月28〜31日 |
| [観覧料金] |
一般500円(400円)、高校生300円(200円)、小・中学生は無料
※カッコ内は団体料金(30人以上) |
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