■ケーススタディ
特集 資生堂の企業文化

近年、CSR(企業の社会責任)という言葉を耳にすることが多くなったが、化粧品メーカーの最大手である(株)資生堂ほど「企業と社会のつながり」を重視している企業は、他にないだろう。資生堂は1990年2月、(1)企業文化の蓄積管理、(2)企業文化情報の発信、(3)メセナ、フィランソロピーなど社会活動の窓口の3つの業務を行なう企業文化部を設けたが、同部の設置を検討するなかで、まだ定義が定まっていなかった「企業文化」に対し、「創業の精神に即した知的・感性的蓄積の総合」という定義を与え、ヒト・モノ・カネに次ぐ"第4の経営資産"と位置づけた。
1872(明治5)年に日本で最初の洋風調剤薬局として誕生した資生堂は、創業以来、初代社長・福原信三の「ものごとはすべてリッチでなけらばならない」という言葉を具現化し、独自の「美意識」「審美眼」をもって、さまざまな商品・宣伝制作物を世に送り出しているが、同社では、そうした商品や宣伝制作物を「企業文化資産」として捉えている。
同社では、そうした創業から今日までの企業文化資産を一元的に収集・保存する「資生堂企業資料館」や、1919(大正8)年オープンの現存する画廊の中では最も古い「資生堂ギャラリー」、資生堂ギャラリーで開催された展覧会に出品された作品を中心とする美術品を収蔵する「資生堂アートハウス」などを通して、地域社会に対する"お返し"を常に行なってきた。
本籍地・銀座に今年4月にオープンした文化発信施設「HOUSE OF SHISEIDO」も、創業以来の企業文化資産などを通じて、「銀座と資生堂」「お客さまと資生堂」という関係を追求していくことを目指したものである。
こうした企業文化施設の運営に加え資生堂は、月刊誌『花椿』や研究紀要『おいでるみん』など、さまざまな出版物の刊行、加齢を否定的に捉えるのではなく、あたかもワインが時を経て芳醇な香りを放つような"熟成"ととらえようという提言「サクセスフルエイジング」をテーマとしたフォーラムの開催など、多角的な情報発信を実施。さらには、(社)企業メセナ協議会でも主導的な役割を果たしている。
インタビュー
高辻 ひろみ氏/(株)資生堂企業文化部長
資生堂が考える「企業文化」を、
施設や出版物などを通して世の中に伝え、
後の人にも伝承していきたい
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| −資生堂さんにとっての「企業文化」とは、どのようなものでしょうか。
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高辻 「企業文化」につきましては、学者の間でもさまざまな定義があり、「企業風土」と同義語にしている方もいらっしゃいます。
私どもは1990年2月に企業文化部という部署を設けましたが、そのときに当社においては企業文化というものを、次のように定義してスタートしました。すなわち、創業の精神に沿って築いてきた感性的資産と知的資産の総合を企業文化と定義したのです。それは再現可能で、資本として使えるものと捉えまして、系統的に収集し管理し取り出しやすい形にしておくと、役に立つものであると考えたわけです。「企業文化」はヒト・モノ・カネにつぐ第4の経営資産であると考えております。
そういう考え方は、それまでも社員の中には「暗黙知」としてありましたが、明確に定義はしていませんでしたし、専門の部署もありませんでした。そこで、企業文化部を設置して統合していくことになったわけです。そうした私たちの考えを世の中にも伝えつつ、後の人にも伝承していこうということで、さまざまな活動を行なっています。
| −資生堂さんと「文化」との関わりの最初は、東京・銀座にある「資生堂ギャラリー」ではないかと思いますが。
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高辻 そうです。資生堂ギャラリーが芸術文化支援(メセナ)の原点です。資生堂ギャラリーは、将来有望でも、まだ発表の場がない芸術家に場を提供することを大きな目的として開設したものです。当社と「文化」の関わりで見逃せないのは、創業以来、常に新しく美しい価値を生み出そうとしてきた社業そのものではないでしょうか。
社会との繋がりや社会貢献活動も含めて「企業文化」として捉えております。社会貢献活動を進めるにあたっては、特に「街」との関わりというものを大切にしてきました。
また、化粧品を使ってくださる方、使い方を伝える者の多くが女性であるということから、女性を支援するという視点も、年を経るにしたがってはっきりと入ってきています。創業百年(1972年)を記念して恷草カ堂社会福祉事業財団を設立しましたが、これもやはり女性を支援するという意味で児童福祉にウエイトをおいて活動をしています。また、メセナにおいても女性のアーティストを積極的に支援しようという視点も加わってきています。
情報発信の施設としましては、資生堂ギャラリーのほかにも、資生堂アートハウス、資生堂企業資料館、そして今回オープンしたHOUSE OF SHISEIDOがあります。各館に学芸員を配置して、さまざまな情報を発信していくとともに、研究活動も行なっています。
| −企業文化部として今後取り組んでいきたいと考えられていることについてお聞かせいただきたいのですが。
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高辻 具体的にはたくさんありますが、最終的にはコーポレートブランドの価値を高めることが企業文化部に与えられた「命題」だと考えております。
昔は化粧品専門店で資生堂の製品を購入していただいていましたが、いまはドラッグストアをはじめいろいろな購入のルートがあるため、資生堂と名が付いてもイメージが拡散してしまいがちです。「資生堂とはこういうアイデンティティの会社」だということを、施設運営や出版物・催事を通して、少しでも多くの人に伝えたいと思います。
社外に対してはもちろん、社内に対しても伝えていくことが使命だと考えています。現実には、本社と支社では「企業文化」に対する認識にも温度差があり、それはいたし方ないことですが、少しでもそこを埋めていって、社員全員が自分の会社についてこうだと語れるようにしていきたいのです。
たとえば葉山に研修所がありますので、地方の支社などから研修に来たら、帰りに銀座のHOUSE OF SHISEIDOに立ち寄り、企業文化の蓄積を実際に見てもらえれば、より理解も深まると思います。
先日お得意先をお招きする大きなセミナーがあり、その機会にご来館くださった方が、古い物を大事にするとはこういうことかとわかってくださって、蔵に保存していた非常に保存状態のよい「七色粉白粉※」を寄贈してくださるというエピソードがありました。これからも、この場からいろいろなことがはじまっていくことを期待しています。メセナ活動との相乗効果を図りながら資生堂の「ものがたり」づくりに取り組んでいきたいと思っています。
※わが国初の多色白粉(1917年発売)
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