ケーススタディ
イタリア年を記念して盛況に開催された2つの展覧会
イタリアと日本 生活のデザイン展
/世界遺産 ポンペイ展

 

 
 「日本におけるイタリア年」を記念して、今年はイタリアに関する催しが数多く行なわれている。そのなかで「イタリアと日本 生活のデザイン展」は、現代のイタリアの芸術や芸術に彩られた生活をよく表わした展覧会であった。対して「世界遺産 ポンペイ展」では、約2000年前のイタリアにおける都市の芸術や都市生活そのものを表現していた。
 「愛し、歌い、食べる(amare, cantare, mangiare)」がイタリア人の行動様式の三大原則だとはよくいわれることだが、この2つの展覧会を見ていると、それが2000年前から綿々としてつながっていることがよくわかる。日本におけるイタリア年もあと1か月。「美」を求めることすら「享楽」として考えるイタリアの気質を、残る1か月で存分に楽しみたいと思う。
 以下、大盛況であった両展覧会の内容を紹介しておこう。

 

 
イタリアと日本
生活のデザイン展
 
イタリアデザインの豊富な展示で
新たな生活様式を提案
データ

 
 「イタリアと日本 生活のデザイン展」は、日伊両政府を中心に展開する日本におけるイタリア年イベントの一環として、横浜では7月28日から8月22日、そして9月1日から30日まで神戸市六甲アイランドの「神戸ファッションマート」で開催された。
 
 同展では、世界中から高く評価され、近年日本においても女性を中心に人気を集めているイタリアンデザインを装った日用雑貨、家具からさまざまなレジャー用品にいたる優れた製品約350点が展示された。その背景にあるイタリア人の生活様式や生産プロセスとともに、今後のわが国における新しいライフスタイル形成や商品開発、市場形成の可能性を明らかにすることを目的としたものである。
 
 同展の総合監修はイタリアデザイン界のオピニオンリーダーとして著名なアンドレア・ブランジ氏が担当、会場構成を建築家の伊東豊雄氏が担当するなど、展示会のテーマや会場構成が両氏の・対話・を軸に構築された点が特徴であった。 
 会場入口ではアンドレア・ブランジ氏による同じ形、大きさの計154個の壷にひとつずつ異なった顔が描かれた「GENETIC TALES」のインスタレーションが来場者の目を捉え、次に高さ5mもある巨大な壷のモニュメントが目をひいた。会場内は、人生を送るための要素として互いに密接に関連しあう「家」「子供の世界」「自由な時間」のテーマ別に展示物が並んだ。
 
 人生で最も長い時間を過ごす場所である「家」では、より便利で快適な居住空間として、またSOHOに代表される仕事ができる場としての家をさまざまな角度から提案。また「子供の世界」では、子どもを個人として認め尊重するイタリア文化を起点とし、豊かな創造性をもった大人に育てるためにふさわしい生活環境の再現シーンが展開された。さらに「自由な時間」では、仕事のなかに余暇的な要素を取り入れるなど現代人にとっての自由時間が提案された。“食”“活動”“文化”“関係”をキーワードにスローフードやワインボトル、フェラーリや自転車が展示され、アグリツーリズムの内容が紹介されるなどメリハリのきいた楽しい展示となった。
 
 いずれもイタリアデザイン界の巨匠がオリジナルで制作するなど貴重で最先端の作品ばかりであった。また、会場内に複数設置されたモニターなどを通じて各デザイナーを切り口とした生産過程や哲学、思想などが語られており、表面だけにとどまらずイタリアンデザインの真髄、イタリア人の生き方にまで迫る内容で好評を博した。なお、同展へは期間中に計6万4000人が来場した。
 

データ
 
[名称] イタリアと日本 生活のデザイン展
[会期] 2001年9月1日〜30日
[会場] 神戸ファッションマート(神戸市東灘区)
[開館時間] 10:00〜18:00(金、土曜日は19:00まで)
[主催] 日本におけるイタリア2001年財団/ミラノトリエンナーレ/「イタリアと日本 生活のデザイン展」実行委員会(神戸市、(株)神戸商工貿易センター神戸ファッションマート事業本部、神戸ファッション美術館、(財)神戸ファッション協会、(財)神戸国際観光コンベンション協会、神戸21世紀・復興記念事業事務局、神戸商工会議所、日本経済新聞社)
[後援] 外務省、イタリア大使館、テレビ大阪
[展示テーマ] 「家」「子供の世界」「自由な時間」
[総合監修] アンドレア・ブランジ(イタリア 建築家・デザイナー)
[会場構成] 伊東豊雄(日本建築家)
[展示内容] 日用雑貨、家具からさまざまなレジャー用品にいたるまでイタリアデザインの優れた製品約350点
[入場料] 一般1,000円(20人以上の団体700円)、高校・大学生 900円(同600円)、中学生以下無料

 
世界遺産 ポンペイ展
―古代ローマの輝き
 
ポンペイ遺跡の生活文化・技術等を
初めて総合的に展示
データ

 
 「世界遺産 ポンペイ展〜古代ローマの輝き〜」は日本におけるイタリア年の中核行事として、東京都墨田区の「江戸東京博物館」(2001年8月7日〜10月28日)を皮切りに02年7月まで全国5都市(東京、神戸、名古屋、鹿児島、松江)で開催される。
 
 ポンペイ遺跡からの発掘品展示はこれまでにも例があるが、2000年前の暮らしや生活文化を自然環境や技術など多角的な視点から総合的に紹介する展示会は、同展が初めてである。
 
 ポンペイは、イタリア南部の町ナポリから南東へ約23キロに位置し、市民広場を中心とする旧街区、碁盤目状に整備された新街区で構成された東西1.3キロ、南北700mの古代ローマ都市である。大規模な公共施設と住宅、その間を規則正しく走る舗装路などの壮大な遺構や鉛製の水道管、測量具や外科手術に使用された医療器具などの発掘品の数々から、当時のポンペイの人々がすでに高度な科学技術を保持していたことが推測できる。 
 さらに、農産物や漁獲物に恵まれていたポンペイでは食品加工技術も発達し、街のいたる所にパン屋や居酒屋が建ち並んでいた。また邸宅内を装飾したと思われる壁画や彫刻、劇場や公共浴場などの娯楽施設からは楽しみと活気に満ちた生活の様子がうかがえる。同展では、ポンペイ考古学監督局やナポリ国立考古学博物館などが所蔵する「パン屋の夫婦」(古代フレスコ画/AD55〜79年)、「庭園の風景」(古代フレスコ画/1世紀半ば)、「治療場面の浮き彫り(テレフォスの浮き彫り)」(ペンテリコン産大理石/BC1世紀)など代表作を含む約360点を通じて、ヴェスヴィオ山の噴火で一瞬にして地中に埋没したポンペイの人々の暮らしや生活文化に迫る内容となっている。イタリア年であり21世紀の幕開けでもある年にふさわしく、現代の暮らしと真の豊かさについての問題提起も狙いとしている。
 
 会場内は「人と自然」「住まいと都市」「豊かな暮らし」「科学と技術」「世界の広がり」の5つのセクションで構成。現物展示にとどまらず、映像やイラスト、模型やデジタル技術など「遺跡を感じる」ための手法が使い分けられている点が特徴である。
 
 たとえば、当時ポンペイの町の目抜き通りに面していた「ポリビウスの家」の展示では、復元模型や壁画の再現、出土品などによってリアルな市民生活を体感できる展示手法が採られた。
 
 また会場内の複数のモニターでは当時の町の様子や噴火の様子を再現した映像が上映され、「遺跡体験コーナー」ではパソコン端末を使って360度の視点から2000年前の町を散策できるなど、「わかりやすい展示」と評価する声が多かった。
 
 なお、江戸東京博物館で開催された同展は、73日間の会期中に約38万人が訪れ、同館の企画展としては最高記録となった。
 

堀越 礼子氏/朝日新聞社 文化企画局 文化企画部

わかりやすい展示のポンペイ展で
古代の暮らしの豊かさを実感してほしい


 ポンペイ展では2000年前の古代ローマの人々の暮らしや生活文化の豊かさをできるだけわかりやすく紹介し、それが現代の暮らしや真の「豊かさ」について考える場になればとの思いがありました。
 
 もともと世界各都市を巡回していた古代ローマの科学技術展覧会に、当時の暮らしや文化も含めた総合的な展覧会として、日本向けに組み直しました。ポンペイ遺跡は古代の暮らしがそのままの形で地中に埋まった「タイムカプセル」です。ポンペイ遺跡を訪れたことがない人に、その遺跡の規模や壮大さをどう紹介できるか、また壁画や装飾品を実際に使った古代の人びとの暮らしを想像していただけるようにどう展示できるかが最大の課題でした。そのために大画面映像やウォークスルーの360度映像、イラストなどの解説手法をかなり工夫しました。
 
 結果として、多くの来館者から「非常にわかりやすい展示だ」とお誉めの言葉をいただき、「古代の暮らしも今とほとんど変わらない豊かさだった。本当の意味での豊かさとはなんなのかを考えさせられた」との感想が寄せられるなど、狙いどおりの成果にたいへん満足しております。 
 


データ
 
[名称] 世界遺産 ポンペイ展〜古代ローマの輝き〜
[会期] 2001年8月7日〜10月28日
[会場] 江戸東京博物館(東京都墨田区)
[開館時間] 10:00〜18:00(木、金曜日は20:00まで)
[休館日] 毎週月曜日・9月25日、10月9日(ただし9月24日、10月1、8日は開館)
[主催] 朝日新聞社、TBS、東京都江戸東京博物館
[後援] 外務省、イタリア大使館、日本におけるイタリア2001年財団、東京都教育委員会、神奈川県教育委員会、埼玉県教育委員会、千葉県教育委員会、日本ユネスコ協会連盟
[展示内容] ポンペイ考古学監督局やナポリ国立考古学博物館などが所蔵する計360点を「人と自然」「住まいと都市」「豊かな暮らし」「科学と技術」「世界の広がり」のテーマ別に映像解説も交えて展示
[入場料] 一般1,300円(20人以上の団体1,100円)、小中高生650円(同550円)、65歳以上700円(同600円)

 

神崎 忠昭氏/慶應義塾大学文学部 助教授

今を生きる


 
 街を、特に目的ももたずに歩く。すると、それまで気づかなかったいろいろなものを発見することがある。ローマにいたころ、あてどもなく歩いていた。さまざまな驚きが街角で待っていた。
 
 今でも強く印象に残っていることの一つに、日々の生活のなかになおも古代ローマの名残が生きているのを見出したことがある。ある日、ローマ有数の邸宅街であるパリオリ地区を散歩していたら、フィリピン人と思える女性が女の子の下校のお供をして、カバンを代わりに持っているのに出くわした。古代ローマにいた「パエダゴーガ(paedagoga)」という、主人の子どもを学校に送り迎えし監督する女奴隷の、これはおそらく現代版なのである。もちろん、この女性は奴隷ではなく、召使いである。報酬を稼ぎ、自由もある。しかし果たす機能は同じだといえよう。古代ローマについて本で読んだことが、2000年の時を隔てて、現代でも行なわれ続けていたのだ。彼女は珍しい存在ではなかったに違いない。いつも、もうはっきりとは憶えていないが、水曜の午後だったろうか、テルミニ駅前の五百人広場や、市内のいくつかの広場で、何百人ものフィリピン系の人たちが休みをもらって集っているのに出くわしたことがあったのだ。これらの人々の一部も同じような仕事に従事していたのだろう。人間の習慣というのは、かくも深く根を下ろすのだろうか。
 
 イタリア人は生活を楽しむといわれる。「愛し、歌い、食べる(amare,cantare, angiare)」は、イタリア人にとって欠くことができないものだともいう。イタリア人に連れて行ってもらった、ある村の居酒屋での8月の光景が忘れられない。そこではじめて味わったラルドという豚の脂の塩漬美味さもさることながら、真夜中を過ぎても藤棚の下に集って楽しんでいた近在の人々の様を。なかでも、地ワインを飲んで赤くなりながら、ギターに合わせて朗々と歌う老人の様を。あの老人は今でも元気だろうか。「愛し、歌い、食べる」ことがなければ、彼にとっては、生きているとはいえないだろう。
 
 外形的なものでも、長く行なわれれば、「習慣とは第二の本性」といわれるように、本質ともなる。時を超えて、もちろんいくつもの変化はあるのだが、生き続けるのだ。古代ローマ人も「愛し、歌い、食べた」。そのことは「ポンペイ展」を見ても明らかだろう。古代ローマ人も食べた。あの世界中から山海の珍味を集めた食卓。彼らも音楽に興じた。あの壁画に描かれた、ティンパニとフルートを奏でる音楽家たち。そして彼らも、何より も愛したのだ。ポンペイの至る所に書かれた落書き、そして壁画からは、彼らの愛の日々が浮かび上がってくる。彼らも「愛し、歌い、食べる」ことを追い求めていたのだ。
 
 だが古代ローマ人たちは、楽しみに終わりがないとは思っていなかっただろう。詩人カトゥルス(BC84年ごろ〜AD54年ごろ)は歌う。「太陽は、日々沈んでもまた/昇りもえよう/が、私らの短い光のひとたび/沈めば、/いつまでも明けぬ一夜を/眠るほかないのだ」。短き生だからといって、しかし彼は明日のために今日を犠牲にして、来世に夢を託そうとはしなかった。カトゥルスは「さあ接吻を千たびもおくれ、/それから百も、/そいからもう千度、つづいて/また百度、/それからもう千度まで、/それから百度」(呉茂一訳『ギリシア・ローマ抒情詩選―花冠―』262頁、岩波文庫、1991年刊)と続け、今の愛に激しく生きているのだから。
 
 あてもしれぬ明日に生きるのではなく、いまここにある今日を生きる。この一種の「ニヒリズム」はカトゥルスだけに見られるわけではない。詩人ホラティウス(BC65年〜AD8年)も「そう言うているうちにも、無常な「時」は、もう去ってしまう。明日という日に、ゆめ信をかけずに、この日の花を摘めよ」(藤井昇訳『歌章』22頁、現代思潮社、1973年刊)と歌う。ポンペイの人々は、詩人たち以上に、この無常な「時」を実感したに違いない。AD79年8月24日、ヴェスヴィオ山の大噴火のときに。
 
 現代のイタリア人は、確かに楽しみ、熱中する。しかし楽しみに対するイタリア人の態度に、私はどうしても切羽詰ったような時間のなさと、妙に醒めた部分を感じてしまう。追う者の手からするりと逃げることによって美しさを増した輝きを、必死に捕まえようとする。それがやはり一瞬であることを知りながら、できうるかぎり、彼らは生に浸るのだ。イタリア人は楽しむ。古代ローマ人と同じように、明日を信じず、ただこの一瞬を。しかし百年、千年さえも、また一瞬の連続ではなかろうか。輝ける一瞬を生きんとすることは、豊かな生全体の追求へとつながるのである。
 
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